◆都市としての京都
◇「これだけは変えない」というものを持っている

 京都に限った話ではないが、観光客が多い街は、住民が意地悪だとか閉鎖的だとか言われる傾向にある。それは街を守るためだ。

 他国に目を向けると、イギリスはEUを離脱しており、国全体は閉鎖する方向に向かっている。移民を受け入れているから人が混じりあうというわけではなく、半永久的に混ざらないといってよい。例えば、ニューヨークは「人種のるつぼ」と言われているが、ビルの1階すべてがユダヤ人の商店で、2階すべてがイタリア人という建物もあり、細かく分かれている。中国人は、中国人のコミュニティをつくるため、チャイナタウンが様々な国にできている。

 歴史的にみると、京都は時の権力者が何度も替わっているため、その時々の権力者に合わせなければならない側面があった。ただし、人々の間では「これだけは変えない」というものが脈々と受け継がれてきている。

◇街並みを変えない

 その一例として、京都は街並みを変えないことで知られている。鴨川と高野川が合流する出町柳付近にある三角州は、鴨川デルタと呼ばれており、川の中に敷石があって人が渡れるようになっている。また、白川にかかっている行者橋には手すりがない。非常に細い石橋であるため、人によっては危険に見えるだろう。ところが、危ないからといって撤去するとか、新しい橋に替えるといった話は出てこない。地元の人は、慣れ親しんだものを変えようとは考えないのである。

 人が持っている空間認識は小さい頃に育まれる。よって、慣れ親しんだものを変えてしまうと、空間認識力が損なわれるような気がするのである。人々が古都を好むのは、空間認識の基本がそこにあるからだろう。長い時間をかけて形づくってきたものは壊さないほうがいい。壊して新しいものにすれば、新しい空間認識の座標ができるが、その座標が良いとは限らないからだ。

◆京都は日本文化の中心か
◇好奇心の強さというDNAが残る京都

 日本の食文化の伝統は、第二次世界大戦でいったん途切れている。例えば、給食ではパンが出されるようになり、スパゲッティやハンバーグがご馳走とされた。京都では戦時中でも、伝統的な和菓子の何品目かは治外法権的につくってもよいことになっており、今日に至っているという。

 著者は、自身が好きなものとして京都の食文化を挙げている。京都人は、新しいものが好きという一面を持っており、パンやコーヒー、バターやジャムの購入額は全国一だ。歴史や伝統を大切にする一方で、新しいものに興味を持つ。これは本来の日本人らしさである。日本人の好奇心が強い背景については、夏は暑く、冬は寒く、また台風や地震などがある土地では変化がほしくなるからだと著者は分析している。そして、こうした日本人のDNAを最も色濃く残しているのが京都人だと考えている。