米国の金融危機と経済システムの揺らぎを、ドル基軸通貨体制の終焉と結びつけて議論する向きは多い。だが、米国外交評議会フェローで新進気鋭の経済学者、ブラッド・セッツァー氏は、3年先を見通しても、ドル信認崩壊の可能性は低いと反駁する。

ブラッド・セッツァー 米国外交問題評議会フェロー
ブラッド・セッツァー 米国外交問題評議会フェロー

――ドル基軸通貨体制は崩れ去る運命にあるのか。

 そう決めつけるのはどうか。少なくともドル需要が崩れ去る兆候は見られない。

 中国などは金融危機の後、対ドルの為替相場管理をいっそう強化しているが、これは今後も外貨準備の大半をドルで保有し続けるというメッセージだ。またサウジアラビアも、ドルが弱かった時よりも、今はドル保有にずっと安心感を抱いている。

 そもそも過去数年間、多くの国が外貨準備構成通貨の多様化を図ってきたが、あまりよい成果を得られなかった。現在はどの国もかなり保守的に米国債などでアセットを蓄えるようになっている。たとえ金利が低くとも、金融危機を乗り切るためには流動性の高い資産が必要であり、2年や3年でこの流れが急に変わるとは思えない。

――さらにその先を見通してもドルへの不安はないのか。

 ドルへの信認が崩れたとする証拠はどこにもない。ファニーメイやフレディマックなど政府系住宅金融機関が発行する債券への信頼は崩れても、米国債に対する信用は崩れていない。

 大きく譲って、これが変化する可能性があるとすれば、それはペルシャ湾岸諸国あるいは中国を中心とした東アジア諸国がいわゆる欧州モデルに移行するときだろう。欧州ではユーロ導入国だけでなく、その周縁国でもユーロの重要性が増している。同様の通貨統合が他地域でも起きれば、ドルの力は弱まる。ただし、これは起きたとしても、ずっと先のことだ。しかも、現在は逆の動きしか見られない。

――「ブレトンウッズ2」構想についてはどう思うか。

 構想うんぬん以前に、誤解に満ちた表現だ。そもそもブレトンウッズはIMFのような国際組織がある種の準備金を持つことで各国が独自の準備金を貯め込む必要性を低くし、国際協力の下に為替相場を安定化させようというものだった。だが現在の議論は為替のあり方ではなく、IMFなどの組織改正に集中している。

――では、何が必要なのか。

 重要な一歩は、今回の世界的な経済危機が、すべてではないにせよ、貿易黒字を出し続ける為替管理国家から波及した連鎖反応であるとまず認識することだ。

 たとえば、米国の消費者が返済不可能な負債を抱え込んで、それが金融セクターに打撃を与えるに至った背景には、輸出を増やしたいがために人民元を弱く保ち、米国に貸し続けるポジションを選んだ中国の存在がある。ドル基軸通貨体制の議論以前に、そうした成長モデルの限界を各国が認識することが先決だ。

(聞き手/ジャーナリスト 瀧口範子)

ブラッド・セッツァー
(Brad Setser)
米国外交問題評議会フェロー 新進気鋭の経済学者。ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授ら大物学者との共同論文多数。専門は中央銀行、IMF、政府系ファンドなど。ハーバード大学卒業後、国立パリ社会科学高等研究院を経て、オックスフォード大学で博士号取得。