英国の作家オルダス・ハクスリーが1932年に発表した「Brave New World」(邦題「すばらしい新世界」)は、ユートピアとは限らない機械文明の行き着く先を描いた。その小説のタイトルにヒントを得て、トレンドマイクロのエバ・チェン社長兼CEOは、自らが携わるビジネスの世界を、「Brave New (Security) World」と呼ぶ。その言葉には、ネットワーク経由で各種ITリソースが提供されるクラウドコンピューティングというユートピア到来への期待とその過程で生まれる様々な課題、特にセキュリティ上の課題解決への覚悟が込められている。クラウドセキュリティのNo.1を目指すと宣言した気鋭の経営者に、新時代への処方箋を聞いた。
(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 麻生祐司)
――クラウドコンピューティングの普及で、ネットワークセキュリティ・ビジネスはどう変わったか。
その問いへの答えに行き着くための第一のキーワードは、“境界”の伸縮だ。社内や企業グループ内などに閉じられたサーバやクライアントの組み合わせによる階層構造だった従来のコンピュータネットワークの世界では、自他のネットワークの境界がはっきりしており、ファイアウォールやウイルス総合対策ソフトなどを境界線で駆使することによってセキュリティの確保を目指せば良かった。
しかし、インターネット経由でデータセンターにアクセスし、アプリケーションやその他のITリソースを利用するというクラウドの世界では、その境界はかなり曖昧化し自在に伸縮するばかりか、場合によっては事実上消失しまう。しかも、そのデータセンターにアクセスする端末も社内のネットワークに直結しているデスクトップPCやノートPCだけでなく、スマートフォンやタブレットコンピュータなど多岐に渡り、アクセス場所も国外かも知れず、その間に介在するネットワークも複数に及ぶ。
もはや、どこからどこまでが自社のネットワークか簡単には定義できない時代となった。たとえば、私自身、モバイル端末を使って、海外のホテルや会議場から会社のネットワークにアクセスすることがある。このような時代環境のもとで、会社のクライアントサーバネットワークのことだけを考えていていいわけがない。われわれが顧客に提供するネットワークセキュリティ・サービスも必然的にこうした時代の大きな変化に対応しなければならなくなった。