研究者、外資系コンサル、伝統的日本企業、世界的NPO代表と多様な職を渡り歩いた著者が、自由な働き方を実現するためのスキルを公開した『人生100年時代の新しい働き方』 がついに発売。
今回は、働き方改革、ワークシェア、副業解禁、そしてライフシフトと、働き方の問題が叫ばれる今、本当に必要なスキルとは何なのか、見ていきましょう。

「ライフシフト」時代に求められる、これからの働き方って?

 本書は、来るべき時代の変化に適した働き方を実現するうえで必要なスキルを明らかにし、ともに学んでいくための本である。

 そんなことを言うと、

「山積みの仕事をこなすので精一杯。働き方なんて変えてる場合じゃないよ」
「この不安定なご時世、堅実にキャリアを積んでいくほうがいいに決まってる」
「今の仕事以外に新しいことを学ぶ暇なんてないし……」

という声が聞こえてきそうだ。
 たしかに、ここ数年、「働き方」を巡ってさまざまな議論が展開されている。生産性向上、ワークシェアリング、副業解禁、転職市場の活性化……。新聞を開けば、あるいはテレビでもつければ、否が応でもさまざまな「提案」が目に、耳に入ってくる。

 ところが、そうしたさまざまな改善案に対して、心から賛同、もしくは「そうだ、これこそが自分の働き方にとって必要だ」と思える人はどのくらいいるだろう。

 少なくとも私が仕事で、またはプライベートで出会う人たちは、皆どことなく不安そうで、自らの将来を憂えていることが多い。読者の皆さんも、冒頭のような悩みの声に心当たりがあるはずだ。

 経済成長の勢い目覚ましく、明るい未来を思い描けるのであれば、働き方を変えよう、あるいは転職を視野に新しい挑戦をしよう、という気にもなるだろう。だが、現実は……わざわざ振り返るまでもなく、明るい展望を描くことは難しい。そんななか、本当に働き方を変えないといけないのだろうか、と思われても仕方ない。

 しかし驚くべきことに、こんな時代にあっても、軽やかに転身を果たし、天職とも思える仕事に巡り合い、人生を謳歌している人たちがいる。いったいどんな人たちなのだろう。

人間ならではの価値って何だろう?
――2人の「脈絡のないキャリア」が教えてくれること

 1人目は、仲本千津さん(32歳)。アフリカでベンチャービジネスを立ち上げた彼女の起業パートナーは、なんと実家で主婦をされていたお母さんだ。
 2人が立ち上げた会社RICCI EVERYDAY(リッチー・エブリデイ)は、ウガンダのシングルペアレントの女性や元少年兵が手作りする、ファッション性の高いバッグやトラベルグッズを日本で販売している。まだ成長途上で、一部の百貨店などで展示販売されはじめたところだが、いずれは都心の一等地に店舗を構えて世界に打ち出していきたいと大志を抱いている。

 2人目は、下村京平さん(40歳)。結婚後、なかなか子どもを授からないことに悩んでいた彼は、医師からのアドバイスをきっかけに、一念発起して肉体改造に挑んだ。その甲斐あって、一昨年にめでたく第一子を授かった。
 が、話はここで終わらない。彼は肉体改造中に学んだトレーニングやフィットネスの理論にのめり込み、ついには相談相手だった整形外科医と専門のジムをつくってしまったのだ。下村さんは、ジムの1号店「モビトレジム天神」を故郷の福岡にオープンしたばかりで、そのビジネスは緒に就いたばかり。しかし、ゆくゆくは東京都内にも進出すると鼻息荒く、東京と九州を行ったり来たりしながら生活している。

 どうだろう。一見、天職に巡り合えた、運のいいビジネスパーソンのストーリーに見えるのではないだろうか。

 だが、2人の話には「前段」がある。

 仲本さんは、大学院卒業後に誰もが羨む大手銀行に就職したが、やりがいを見いだせず、3年ともたずに退職。両親の反対を振り切り、日本で積み上げてきた経験を捨ててアフリカに旅立ってしまう。現地で、農家への技術指導を行うNGOに職を得て暮らす傍ら、自分ならではの人生を送りたいと起業を考えはじめる。当初は、菓子店を考えていたが二転三転し、最終的にはファッション・ビジネスにたどり着いた。

 一方の下村さんが最初に目指した職業は、なんと医師だった。しかし、浪人中にビリヤードにのめり込んでしまい断念。地元九州の大学の水産学部に入学するも、学問への意欲は低下、教授に勧められたのをきっかけにアメリカに留学。留学先で無事卒業し、大学院進学を目指すが、今度はゴルフに没頭してしまい挫折。帰国後、LED照明を製造する企業で東京事務所立ち上げの責任者に抜擢されて奮闘。その後マイクロファイナンス事業の再建や、ウェブ制作のビジネスに携わるなど、どれも比較的短期間で転職している。

 簡単な紹介だが、私から見るとこの2人に共通するのは、一見すると脈絡のないキャリアを歩んできたことだ。興味の赴くままにさまざまな分野の仕事に足を突っ込んではやめ、また新しいことに手を出す。一昔前なら「根無し草」とも呼ばれてしまうようなキャリアを積んできた結果、今の職にたどり着いたのだ。

新しい働き方、「ライフシフター」
――ロジカルシンキングよりも使えるスキルとは

 行き当たりばったりのように見える2人のキャリアだが、付き合っていて私が感じるのは、自分が心から好きなこと、楽しめることにたどり着くため、貪欲なまでに、しかし極めて自然体で軽やかにシフト、すなわち方向転換を繰り返しているということだ。周囲の人には、失敗や挫折と見られかねない経験であっても、本人たちにとっては、好き嫌いを多く経験するなかで、自分にとって価値のあるもの、もっと言えば「好きなことの軸」を見つけ出しているように思える。

 また、2人ともコミュニケーション能力や、周囲の人の感情や気持ちを察して、うまく
協力や支援を引き出す感受性などのソフトスキルが突出して高い点でも共通している。お
そらく毛色の違う人たちが集う、多様な環境に身を置いた経験が豊富なことが大きく寄与
しているのだろう。

「脈絡がない」と断じるのは簡単だ。しかし、まったく違う業種、違うセクター、そしてそこで働くさまざまなバックグラウンドを持つ人々など、多様性が複合的に重なった環境の中で揉まれるうちに、彼らはいろいろな人や業界の「当たり前」を知り、それぞれに向き合ったときのコミュニケーションや対処方法を学んでいる。また、そうした場数を踏むことで、どこで誰と一緒にいても、それがどんな環境であり、どんな種類の人たちなのかを踏まえた判断と対応がとっさにできるようになっているのだ。

 こうした「ソフトスキル」は1つの職場、業種、同質の人たちと働いているだけでは、決して身につかない。そしてこれは、今まで日本で注目を浴びてきたロジカルシンキングに代表される論理的・左脳的思考などのハードスキルとも趣を異にするものだ。直感や感覚をベースにしたスキルと言ってもいいだろう。

 もっと言えば、このようなソフトスキルはキャリアのみならず、人生そのものにおいても豊かさをもたらすものだと私は考えている。新しい土地で生活の基盤をつくるとき、家族との暮らしの中で、よりよい友人関係を維持しようとするとき……など、自分の置かれた環境を的確に捉え、生活をよい方向にシフトさせる助けになるだろう。決して貪欲にキャリアアップを目指すハイキャリアの人たちだけに有効なスキルや生き方ではない。

 仕事を、人生を、よりよい方向にシフトさせながら幸せを見つける生き方、いわば「ライフシフター」になることこそがキャリアと人生の両方に充足をもたらすのだ。

(続く)