「しょうがないヤツ……」というレッテルを貼られたら勝ち
しかし、やりたいことは次から次へと出てきます。
そのひとつが第2工場にプルービンググラウンドを併設すること。自社タイヤのテストを行うのはもちろん、社員にさまざまなタイヤで実際に運転してもらうことで「違い」を実感させたり、タイヤ故障の原因究明を行うなど、実に多くのメリットが期待できました。さらに、タイに工場を置く自動車会社にもコースを開放すれば、他のタイヤ・メーカーよりも自動車会社とのパイプを太くすることもできます。そして、タイ・ブリヂストンの評価を高めるとともに、ビジネスの拡大にもつなげることができると考えたわけです。
ところが、前代未聞の提案だったため、再び本社からは大反対の声が寄せられました。まぁ、それも承知のうえの提案です。幸い、第2工場の成功という実績を手にしていたこともあり、上層部をなんとか説得。了承を取りつけたうえでプルービンググラウンドを完成させると、当初の狙いどおり効果的な一手となりました。すると、かつては反対をしていた人々までもが「実は、僕もいいアイデアだと思ってたんだ」「やっぱり、こういう施設はあるべきだよな」と言い始めます。「手の平返し」というやつですね。
世の中、そんなものです。
誰もが勝ち馬に乗りたがる。正直なところ、「現金なものだな……」とも思いました。しかし、そんなことはおくびにも出しませんでした。「言い出しっぺ」はリスクを取っていますから、こういう“調子のいい反応”が少々気に障るものですが、それを表に出すのは得策ではない。なぜなら、味方が増えたということにほかならないからです。ニッコリ微笑んで受け入れるのが正解なのです。
こうして、実績を積みながら味方を増やすと、ある変化が起こります。
次にまた「言い出しっぺ」になったときに、「誰だ? これ提案したの。荒川かぁ……。また、あいつか。しょうがないな……」「まぁ、あいつが言うんなら、なんかやってくれるだろう」という反応が増えてくる。かつては、「あいつはバカか?」という反応だったのが、「あいつならしょうがない」という反応に変わってくるのです。
この「また、あいつか」「しょうがない」というレッテルを貼られたらシメタもの。提案当初から賛成に回る人が増えてくるのです。「レッテル貼り」はネガティブに捉えられがちですが、こういうレッテルはどんどん貼ってもらったほうがいい。「レッテル」を手に入れると、組織のなかでの立ち位置が変わってくるからです。
だから、その後、タイにアジア大洋州訓練センターの建設を提案したときには、「また、荒川か……。まぁ、深い考えがあってのことだろう」と多くの役員からは強い反対は出ませんでした。とはいえ、利益に直結するプロジェクトではありませんから、積極的賛成というわけでもない。微妙な雰囲気だったのです。
しかし、私は、この施設の必要性も確信していました。
ブリヂストンの社員として「誇り」に思える施設で、タイヤに関する技術や知識を伝授することで、社員のモラールと技能の向上を図るのはもちろん、販売現場の最前線を強化するための拠点にもできると考えたのです。取引先であるディストリビューターや小売店のトップ層から現場スタッフまでを招いて、ブリヂストンの事業方針や商品知識、さらにはタイヤ交換技術なども伝えることで、販売現場を強化することができれば、長期的な視点で大きな意味があると考えていたのです。
そこで、このときもしつこくレクチャーすることで主要役員を味方につけたのですが、難関が残りました。当時の社長です。さまざまな機会をとらえて、何度もレクチャーしても全く取り付く島がない。「反対。ダメ」の一点張り。それでも、しつこく提案するものだから、しまいには私の顔を見ただけでイヤな顔をされる始末でした。
ただ、私としては確固とした考えに基づく提案でしたから、引き下がるわけにはいきません。そして、あるとき社長の車に同乗するチャンスを捉えて再度提案。社長もいい加減ウンザリしたのか、「うるさいな。わかったよ。やってみろ」と回答。根負けしたようなかたちでした。
明らかに心の底からは納得していない。しかし、言質は取った。こういう局面で重要なのはスピード。社長が「OKを出した」という記憶が鮮明なうちに結着をつけなければ、ひっくり返されかねない。だから、私は、即座に社内の正式な承認手続きを取り付けました。