ミレーがアメリカや日本で人気となった理由
こうした事情もあり、長年にわたりミレーは、本国フランスに比べアメリカや日本でより高い評価を得ている現実があります。キリスト教精神に則った「祈りと労働」が描かれ、貧しい農民を「英雄化」したミレーの作品は、フランスよりもプロテスタンティズムが強いアメリカ、それもピューリタニズム(清教徒主義)が強いボストンを中心にしたニューイングランド地方で高く評価されたからです。
とくに、貧しいながらも勤勉で道徳性の高い農民の姿を描いた作品「晩鐘」は、敬虔なアメリカ人の琴線に触れ大評判となり、何枚もの複製が作られアメリカの家庭を飾りました。日本でも清貧を是とする国民性があり、その国民の大部分のルーツが農村にあるため、ミレーの人気が高いことも頷けます。
ちなみに、「晩鐘」では貧しい夫婦が収穫物のジャガイモを前に祈りをささげていますが、当時のフランスでは現代と違い食物としてのジャガイモの地位が大変低く、その点からも「絵画は高貴でなくてはならない」という呪縛が強いフランス人には抵抗感があったことは想像に難くないでしょう。
一方、異文化で美術の伝統も異なる新興国アメリカでは、そうした偏見はなく、むしろ肯定的に受け入れられたのです。新しいものに対して保守的になりがちなフランスの富裕層に対し、後に印象派に対してもそうだったようにアメリカの富裕層のほうが新しいものに対してより寛容なのです。ミレーの名声が本国フランスでも高まったのは、アメリカより遅く晩年になってからのことでした。
拙著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』では、こうした美術の背景にある欧米の歴史、文化、価値観などについて、約2500年分の美術史を振り返りながら、わかりやすく解説しました。これらを知ることで、これまで以上に美術が楽しめることはもちろん、当時の欧米の歴史や価値観、文化など、グローバルスタンダードの教養も知ることができます。少しでも興味を持っていただいた場合は、ご覧いただけますと幸いです。