未来をつくるためにこそ古典を読む

 キューバ建国の英雄エルネスト・チェ・ゲバラは、大変な読書好きで、とにかく本がないと生きていけない人でした。そんな彼が、ゲリラ活動をしていたコンゴのジャングルから、家にいる妻に本を送ってくれるようにお願いした手紙が残っているのですが、このリストがすごい。

・ピンダロス『祝勝歌集』
・アイスキュロス『悲劇』
・ソフォクレス『ドラマと悲劇』
・エウリピデス『ドラマと悲劇』
・アリストファネスのコメディ全巻
・ヘロドトス『歴史』の7冊の新しい本
・クセノフォン『ギリシア史』
・デモステネス『政治演説』
・プラトン『対話編』
・プラトン『国家』
・アリストテレス『政治学』(これは特に)
・プルタルコス『英雄伝』
・セルバンテス『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』
・ラシーヌ『演劇』全巻
・ダンテ『神曲』
・アリオスト『狂えるオルランド』
・ゲーテ『ファウスト』
・シェークスピアの全集
・解析幾何学の演習

 最後の解析幾何学というのは、一体どうして読もうと思ったのか気になりますが、いずれにせよ、すべて古典中の古典です。

 新しい国を人工的につくるという歴史上かつてない営みに手を染めつつある人が、そのための参考書として選んだのが、近代市民国家成立以降の啓蒙書ではなく、一番新しいものでも数百年、多くが1000年以上前のギリシア時代からローマ時代に書かれた書籍であったことは、同様に将来を見通すことが難しい時代に生きている私たちに対して一つの教訓を示してくれているように思えませんか?

 江戸時代の驚異の碩学、荻生徂徠も父親の失脚に伴って本がほとんどない田舎に蟄居せざるを得なくなり、仕方なしにやっとこさ手に入った少数の古典、なかでも父親が筆写した林羅山の『大学諺解』を10年以上にわたって繰り返し読んだところ、ついにはそれらを逆さまに暗唱できるくらいになっています。

 最新の書籍は選べず、古典を繰り返し繰り返し読むしかなかったわけです。しかし、その後、蟄居の命が解けて25歳のときに江戸に戻ってきた頃にはすでに重鎮の国学者と議論してこれをことごとく打ち破るような「知の怪物」になっていたそうですから、最新の知識や情報をなんでもかんでも好きなように選べるというのは知性を育むという意味ではとても危険なことなのかもしれません。

万人向きの書物は常に悪臭を放つ書物である。
――フリードリッヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』