そのため、あとになって遺言の有無や、遺言の内容を争ったりすることは難しくなります。その意味で、遺言公正証書は、安全で確実な遺言の方式であると言われています。

遺言は新しいほうが優先される

 陽子さんから手渡された遺言を見ると、不動産および金融資産の各項目について明確に記載され、それぞれ資産を誰に相続させるのかも書かれていました。とてもシンプルな内容で、付言はありません。

 一読した私は、「遺言としてはとても基本的なもので、現在の状況に大幅な変化がなければ有効だと思います」とお答えし、陽子さんがこの遺言をどのように変更したいのか、現在の状況をおうかがいすることにしました。

「先生、私はこの遺言を作成してから、夫に先立たれ、以前住んでいた住宅を売却して、子供の頃に住んでいたこの街に越してきました。新たにマンションを購入したのだけれど、そのマンションは、すでに月子に生前贈与の手続きをしているから、遺言書に載っている不動産は現在ないの。今は月子家族と同じマンションで暮らしているのよ。
 私には月子のほかに星子というもうひとりの娘がいてね。でも、星子は自分の生活で精いっぱいなのか、あまり私のところに顔を出さないの。だから正直、月子のほうが可愛くて。人の気持ちってそういうものよね」

 月子さんの顔を見ながら話されると、月子さんは何も言わずニコリと微笑みました。

 私はその話を聞いて、新たに遺言を作成することを提案しました。原則、新しい遺言のみが有効です。遺言が2通あることが心配ならば、新しく作成する遺言に、以前の遺言を否定すればよいのです。

「本遺言より前に作成した遺言者の遺言を全部撤回し、改めて本遺言書により次のとおり遺言する」という一文を入れれば安心できるでしょう。