今年のプロ野球日本シリーズは、ソフトバンクが8年ぶり(前身のダイエーより)に劇的な優勝を果たした。また巨人軍では、人事をめぐる内紛や抗争が表面化し、大きなスキャンダルに発展。さらにはDeNAによる横浜ベイスターズ買収を巡る一連の騒動も記憶に新しい。長らく人気の低下が叫ばれながらも、やはりプロ野球への社会的関心の高さは絶大だ。
そんな今、話題の映画が日本上陸した。『マネー・ボール』――野球の本場、米・メジャーリーグの実在のGMを描いた実話だ。主人公であるオークランド・アスレチックスのGM、ビリー・ビーン氏は、昨年12月、エンジェルスからアスレチックスに移籍した松井秀喜選手の入団会見時に、まさしく彼にユニフォームを着せた人物だ。演じるのはブラッド・ピット。さらには、あの『ソーシャル・ネットワーク』の製作陣が集結したことでも、話題を呼んでいる。
「メジャー球団のなかでも極めて資金力の乏しいオークランド・アスレチックスが、なぜこんなに強いのか?」――根底にあるのは、こんな問いだ。アスレチックスの総年棒は、金満球団NYヤンキースのわずか3分の1程度。それにもかかわらず、2000年から4年連続で地区優勝を果たし、圧倒的な実績を上げたビリー・ビーン。その秘密はどこにあったのだろうか?
アスレチックスの成功の原点は、新しい野球観を模索し、新たな見方を体系的に探究したところだ。野球に科学的アプローチを持ち込み、選手の評価基準や起用法など、野球の諸要素を見直した点にある。
それは打者の能力を見る指標として、それまで信奉されていた「打率」という見方を覆し、「出塁率」を掲げたことに象徴される。出塁率とは、打者がアウトにならない確率のこと。「打点」とは違い、偶然性に左右されることはない。このように、彼らは統計学を駆使し、勝つ要因を分析する手法を確立したのだ。この指標によって、それまでくすぶっていた数々の「お手頃」な優秀選手を獲得、チームを勝利に導いたのである。
この映画には原作がある。日本で2004年に発売された『マネー・ボール』だ。作者は、アメリカを代表するベストセラー作家の1人とされるマイケル・ルイス。彼は同書の後書きで、「ビーンは、選手たちを評価し、獲得し、そして管理するという仕事を見事に、しかも楽しそうにやってのける男」と書いている。
個人的には、「首脳陣たちが何を考えているのか」「フロントでは何が行なわれているのか」といった詳細がわかり、非常に興味深く思ったが、同時に野球を熱愛するアメリカという国のスケール感と懐の大きさをも、感じずにはいられなかった。
このシーズンオフにも、何人かの日本人野球選手がFAなどを行使して海を渡っていくことが予想されるが、彼らの多くがメジャーリーグという戦地であり聖地に憧れる理由が、よくわかるような気がした。
いずれにせよ、ビリー・ビーンが教えてくれた新しい思考法は、野球だけではなくビジネスにも大いに応用できるだろう。安くて優秀な選手を上手に見出す――つまり、新しい視点をもって最小のリソースで最大の結果を出すことは、今やビジネスシーンでも常に求められるテーマだ。
それはつまり、「低コストでの最適化」を最重視する経営戦略そのものである。本作は、メジャーリーグという過酷な競争社会で導き出された理論であるという点が、ビジネスのバイブルとしても注目されるゆえんだろう。
(田島 薫/5時から作家塾(R))