ベル・アトランティック会長レイモンド・スミスは、ビジネス戦略の策定プロセスそのものが組織内で展開されるゲームであると考察している。従業員が現状への疑問をオープンに提示する勇気をもてず、マネジャーが担当部署の狭い利害ばかりを守っていると、ゲームは往々にして機能不全で非生産的なものになってしまう。
もっと生産的なゲームをしていくために、企業はこれまでと異なるタイプのゲームプレイヤー(「柔軟で、知的厳密性を備え、不確実性に正面から対峙できる」人材)を採用・育成し、さらには戦略策定プロセスに対する全員の有意な貢献を促す(「オープンで率直であると同時に、偏りのない徹底的な議論の追求を通じて、変動要素のすべてを真摯かつ政治的圧力なしに検証できる文化」をつくることによって)必要があるのだ。
しかも、ゲーム理論が役立つのはビジネス戦略の策定においてだけではない。経営陣にゲーム認識力があれば、従業員の士気向上から、買い手やサプライヤーとの関係性構築まで、あらゆる面で変容を促していくことが可能となる。
伝説的リーダーに学ぶ、ゲーム理論のちから
ゲーム認識力がビジネスにどれだけの功績をもたらすか。そのポテンシャルをもっとも明白に示した人物といえば、おそらく、ゼネラルモーターズ(GM)の伝説的リーダーであったアルフレッド・スローンをおいてほかにいないだろう。現代のマネジメントの頂点にある者の中でも、スローンはゲーム認識力の使い手の鑑と言っていい。
本人の筆による名著『GMとともに』(ダイヤモンド社)にありありと浮かび上がっているとおり、自動車市場のゲームに対する彼の鋭い理解は、GMのみならず業界全体を大きく変容させた。たとえばスローンは、消費者における流行と憧れという要素の重要性を認識し、毎年新しいデザインの車種を発売して中古車から新車への乗り換えを奨励している。同様に、ディーラーにとって何がインセンティブとなるかを理解し、それまでの戦略の詰めの甘さを把握して、自動車メーカーとして初めて売れ残り在庫を買い戻す制度を導入した。統合型会計システムを採用したのもGMがパイオニア的存在だ。
何より重要な点として、スローンは、部下同士の競争というゲームを理解していた。各部署のマネジャーには、自分の管轄の利益だけを追求したいインセンティブがある。スローンはこの競争心というゲームのゲームチェンジを図り、現代企業に見合った新たな組織構造を考案して、部署同士に同盟を組ませた。これはアメリカのビジネスに、今日にも継続する絶大な影響を与えている。