バシュリエの発見の何がすごいのか?

 それでは、彼の理論とは具体的にどのようなものだったのか。一言で簡単に言ってしまうと、その論旨は「金融市場の価格はまったくでたらめな動きが連なって形成されている」ということになる。

 なぜそんなことになるのか。大勢の参加者が自由に取引する市場では、大勢の買い手と売り手が釣り合うところで価格が形成される。要するに、それ以上に価格が上がると考える人と、それ以下に価格が下がると考える人がちょうど釣り合う地点だ。だとすれば、実際にそこから価格が上がるか下がるかの確率は五分五分と考えるべきであろう。その結果、市場価格の変動は、まるでさいころを振って上がるか下がるかを決めるようなランダムな動きになる。

 これは、のちにランダムウォーク理論と呼ばれるようになる考え方である。そして、バシュリエの見るところ、実際の市場価格の変動パターンは、まさにこうした考え方を十分に裏づけているようであった。

 それでは、市場価格の変動はでたらめ運動だとする彼の考えは、いったいどこが画期的なのか。それで価格の先行きが読めるようになるのだろうか。

 後者の問いに対する答えは、残念ながらノーである。

 でたらめ運動は、でたらめであるがゆえに予測できない。でたらめ運動を表す英語の「random(ランダム)」という言葉にも、決して予測はできないというニュアンスが含まれている。なえ予測できないのかというと、そこには既知の原因がないからだ。予測とは結局、原因らしきものを見つけてきて、それが引き起こすであろう結果を推測することに他ならない。原因がなく、偶然の作用によってただ結果だけが生じるように見えるランダムな現象は、予測のしようがないのである。

 つまりバシュリエの理論は、「株価の先行きは予測できない」と宣言しているようなものだと言える。ある意味でがっかりするような主張だが、数学の不思議さは話をそれだけにとどめない。予測が不可能なまったくのでたらめ運動を寄せ集めると、そこに一種の計算可能性が生まれてくるのだ。それは、でたらめ運動の結果を、確率的になら捉えられるということである。具体的には、株価が将来いくらになるかを断定的に予測することは不可能だが、「XX円以上になる確率は○%」という具合に確率を計算することはできる。この発想の転換が、ファイナンス理論への道を切り開いたのだった。