「価値のわからないもの」を選ぶ

 贈与と反対給付の往還は起源的な経済活動です。だから、エンドレスに続かなければなりません。交換がエンドレスになるためには、そこでやりとりされているものの価値が確定できないということが必要です。価値が確定されたら、その「等価物」がわかる。そして、等価物を置いた時に交換が終わってしまいます。ですから、沈黙交易で交換の場に置かれるのは「相手の異族にはできるだけその価値がわからないもの」でなければならない。

 新石器時代になって人類が活発な交換活動を始めました。それがわかるのは、内陸部深くに海の貝殻が出土するからです。なぜ海のものが山の中に移動したのでしょう。理由は簡単です。沈黙交易するときに選好されるのは「交換相手の異族の連中がおそらく見たことのないもの」だからです。価値がわからないものを選ぶ。価値がわからないから、それを贈ったせいで、交換が終わることは絶対にない。贈与と反対給付の交換の場で選好されるのは「なんの役に立つのかわからないもの」なのです。

 事実、新石器時代の人たちはそうしました。その結果、「それぞれの集団において最も固有で、最もオリジナルなもの」が贈与物として優先的に選択され、それが集団間を高速で行き交うようになった。謎めいた品物ばかりがはげしく行き交うわけです。当然ながら、「これは一体何だろう? 何の役に立つものだろう?」という問いが絶えず人々の知性を刺激し続けることになる。「何かの意味を持つことは確かなのだが、それを語る言葉や、その価値を計測する『ものさし』が自分たちのところにはないもの」と繰り返し遭遇する。この「謎めいたものとの出会い」の経験はそれぞれの集団の知的なフレームワークの拡大と組み替えをもたらすことになります。

会話は謎の上に成立する

 今でも私たちが贈与するときに、必ず「謎」を仕掛けるのは、この太古的な経済活動の残響です。クリスマス・プレゼントをもらったときに、ネットで値段を調べたりするのは非常に失礼なことですし、失礼という以上に贈与という行為の持っている「霊力」を損なうことになる。それがわかっているから、もらってすぐに「これいくら?」と訊いたり、ネットで値段を調べたりすることは非礼と見なされるのです。

『アパートの鍵貸します』というビリー・ワイルダーの名画があります。フレッド・マクマレイ演ずる上司がシャーリー・マクレーン演ずる部下の若い女の子と不倫をしている。クリスマスの晩にデートの約束をするのだけれど、それをキャンセルして、子どもたちと奥さんへの山のような贈り物を抱えて、自宅に帰ってしまう。そして、部下の女性には「これで欲しい物を買いなさい」といって100ドル紙幣を裸で渡す。彼女はその行為に深く傷ついて自殺未遂を起こし、ジャック・レモンがそれを救って……というところからラブコメディが始まるんです。興味深いのは、「これで好きな物でも買いたまえ」と剥き出しの紙幣を渡した行為を彼女は「君との関係はこれで終わりだ」というシグナルとして受け取ったことです。これは彼女の直感がただしいのです。その価値がわかっている物を与えるのはもう贈与ではないんです。交換をこれ以上継続しないというメッセージなのです。

 その逆のケースもあります。凄腕の結婚詐欺師は全く価値のないものを贈ることで、交換を継続したいという欲望を相手のうちに喚起するテクニックを知っています。「これが俺の結婚指輪だよ」と言って、その辺にあった糸をくるくると女性の薬指に巻いてあげる。「金がなくて本物の指輪は買ってあげられないんだけれど」という上目遣いに女性はくらっと来てしまうんだそうです。謎めいた贈り物の方が関係の継続のためには効果的だという消息が知れる話です。

 言葉によるコミュニケーションでも同じです。「あなたの言いたいことはよ〜くわかった」というのは、会話を打ち切るための言葉ですね。相手と言葉の交換を続けたい人は決して「よくわかりました」とは言いません。「あなたの言いたいことがよくわからないので、もっと話し続けてください」という促しが、コミュニケーションを円滑に進めるために最も有効な言葉です。恋人から聴きたい愛の言葉だって、「君のことがもっと知りたい」であって「君のことはよくわかった」じゃないでしょう? コミュニケーションというのは相互理解の上にではなくて、ミステリーの上に成立するんです。言葉であれ、財貨・サービスであれ、交換をドライブするのは謎なんです。