アンケート結果には出ていないが、もともと町を出たいと思っていた人がけっこういることも注目しなければならない。町を出る大きな理由の一つが、相馬地区や双葉地区には短大や大学などの高等教育機関がないことだ。震災云々以前に教育格差があり、親たちは今、「どうせならこの機会に」と思っている。 

 だが、町を出る人がいる一方で、東京の企業の就職内定を蹴って、福島に戻って来る大学卒業生もたくさんいる。われわれとしては、そうした若い復興の担い手も支援しなくてはいけない。

2年以内帰還を目指す首長と
帰還を諦める住民の溝も顕在化

――双葉郡の首長たちは、2~3年で町に帰ることを目標としている。町や村のコミュニティ形成に取り組んで来た立場から当然だが、アンケートにもあるように住民の中には帰りたくないと考えている人も少なくない。

 首長と住民の溝は飯舘村などが話題になっているが、飯舘村だけにある問題ではない。首長たちは2~3年以内に帰還すると言っているが、アンケートにもあるように、2年以上は待てないと言う人が多いからだ。

 飯舘村に関しては、震災前、人口も増えていて村作りは完成寸前だった。もう30年近く村起こしに取り組んでいた。隣町の原町から飯舘村に嫁ぐ人も多くなっていた。飯舘村はそれだけ魅力のある村になっていて、「私は主人に嫁いだんではなくて飯舘村に嫁いだ」なんて冗談を言う女性もいるくらいだった。

 それだけに、村民や村長の村に対する思いは強い。しかし、計画的避難区域となってしまい、これまでの村作りの手法は通じなくなった。これまでは、村が主体になって村作りを考え、村の理想の絵を描いてきた。しかし、これからは放射能汚染のせいで村がこうしたい、という意思は通せない。

復興へ汗を流したい思いと
支援制度との狭間でくすぶる被災者

――復興は産業が起こり、雇用が生まれ、自立した経済が動き出さないとダメだということは誰もが指摘している。国からの義援金や賠償金、復興交付金など“補助金漬け”になるのではという見方もある。

 二重ローンなどで苦しんでいる人は本当に多い。多くの人々がマイナスからの出発で、賠償金や義援金などは、被災者にとっては大変助かるものだ。

 支給された賠償金や義援金をパチンコなどで使ってしまっているという報道もある。それを良いとか悪いとか言うつもりはない。ただ、「けしからん」と思う前に考えてみてほしい。被災した多くの人は、一刻も早く地元が復興してほしいと思っている。そのために、なんとか自分の力を使いたいと思っている。