私がもっと心を痛めたのも、福島の浜通りの女子中学生が、風評を信じ、自分たちは、将来、子どもを産めないのではないかと心配して、ふさぎ込んでしまい、また、福島の子どもたちが、避難先の学校で、放射能がうつるといっていじめにあったことです。

 私は、ICRPの報告書を片時もはなさず、それを参照して判断をしました。多くの人の協力を得て、子どもの長期キャンプは、どんどん進めました。長期キャンプであれば、被ばく量も抑えつつ、しかも、キャンプが終われば家に帰ってきますから、精神的ダメージも少なく、かつ、運動も確保されます。しかし、保護者と離れ離れでの避難は、拒否しました。避難拡大を迫る東京のマスコミの報道を気にする官邸サイドから、子どもについて、より一層、避難させよとの趣旨の圧力が再三ありましたが、断固、拒否しました。今、振り返っても、拒否してよかったと思っています。津波のPTSDや震災に絡むメンタルに苦しむ子どもは今もいますが、もしも、拒否していなかったら、放射性被ばくに関連する子どもたちのメンタル面の課題はもっと深刻で、もっと長期化していたと思います。

 人は誰しも、自分が注目しているリスクを最小化しようとします。決して悪気はありません。むしろ、そのリスク回避に熱心であればあるほど、主張は過激になり、その結果、別のリスクを増大させてしまいます。それらが合成され、女子中学生や児童・生徒の精神に多大なリスクを負わせてしまったのです。

「リスクゼロ」が何を生んでしまうのか?
生産者も消費者も直面する新たなリスク

 福島産の食材に関しても、リスクをどこまで減らすかという議論をして、当時の野田政権は震災当初1kgあたり500ベクレルだった規制値を、1年たった2012年4月に100ベクレルに引き下げました。

 この規制値は「食べ続けたときに、その食品に含まれる放射性物質から生涯に受ける影響が、十分小さく安全なレベル(年間1ミリシーベルト以下)になるよう」定められたものです。食品の安全基準を定めている国際的な委員会が、これ以上の措置をとる必要はないとしている指標に基づき、最も厳しいレベルを採用し、万全の検査体制をとりました。しかし、それでも消費者の不安を払拭することはできず、風評被害は収まりませんでした。

 高いレベルの追加的な安全対策を求める声が、生産者の負担を増やしました。当然、コストに跳ね返ります。いまだに、風評被害と負担増に悩み、高齢化が進む福島県の農家のなかには廃業する方も出ています。結局、消費者がゼロリスクを極端に求めると、食材が高くなるか、福島産ならではの美味しい食材が、市場からなくなってしまう。いずれにしても、生産者はもとより、消費者も別のリスクを負担することになります。一方で、福島産食材の応援購買運動なども各地で盛りあがっています。