2011年、ラジーヴ・ヴェンカヤ博士は米国シカゴの空港で日本人から「一緒にワクチンで世界を救いませんか」と誘われた。相手はシカゴにも拠点を持つ日本の製薬最大手、武田薬品工業の幹部だった。
博士は世界最大規模の慈善団体であるビル&メリンダ・ゲイツ財団でワクチンに関する資金援助を担当するディレクター。ホワイトハウスで大統領特別補佐官としてインフルエンザのパンデミック対策などに携わった経歴も持つ。
12年1月、博士は武田が新設したワクチンビジネス部の部長に就任。2ヵ月後には、5月に公表する新中期経営計画の策定作業の中で同部は「20年にワクチン事業で世界トップグループ入り」という“壮大”な目標を掲げてみせた。
時期を同じくして3月頭、ライバルの第一三共はワクチン世界大手の英グラクソ・スミスクライン(GSK)と国内ワクチン事業における戦略的提携を発表した。折半出資会社を設立してGSKが世界で開発しているワクチンを国内で販売し、国内市場でリーダーを目指すというものだった。
ワクチン市場は高い成長が見込まれている。日本では国のワクチン普及政策が追い風となって現在の2000億円規模から急拡大するといわれ、世界全体では現在の2兆円超から約10年で4~5倍になるという予測もある。第一三共の一手は「国内で増えるパイを取る手堅い攻め」と納得する業界関係者だが、国内のみならず世界でトップグループ入りを狙う武田に対しては「壮大というか無謀」と目を丸くする。
何しろ日本は過去にワクチン接種による副作用が社会問題となり、ワクチンの開発や接種制度が遅れた「ワクチン後進国」。国内各社のワクチン事業は国内展開にとどまり、年間売上高100億~200億円規模というどんぐりの背比べだ。GSKなど年間数千億円を稼ぐ5強がひしめく世界トップグループの足元にも及ばない。