武田薬品と同社が買収するナイコメッドとの売上高合計は約1兆8000万円

 国内製薬最大手の武田薬品工業は、スイスのナイコメッドを買収する。日本では無名に近い会社の獲得に約1兆円の手元資金の多くを取り崩すことに、社内外から批判的な声が少なくない。だが、「国際感覚に秀でた長谷川閑史社長らしい選択だ」と、ある製薬会社の首脳は納得の表情を見せる。

 武田は2008年に米ミレニアム・ファーマシューティカルズを89億ドル(約7200億円)で買収している。ミレニアムは武田が強化を進めるガン領域で新薬候補と研究開発ノウハウを持つ。まだ大きな成果が出ていないために外部から厳しい評価もあるが、自社の製品力を強化するというわかりやすい買収だった。

 今回の買収は狙いが異なった。ナイコメッドは新薬候補が特に業界で話題に上ることはなく、日本では社名を知らなかった同業者も少なくない。数社の製薬会社が統合し、複数の投資ファンドが株式を保有する非上場企業で、売上高は世界30位前後。特許切れした新薬と同じ成分で作る後発医薬品も重要な収入源になっている。

 武田がナイコメッドに見出した強さは、成長が見込める新興国での販売力だ。同社は東欧、ロシア、中南米などの新興国で収益の約4割を稼ぎ出す。

 製薬業界を見渡せば、日米欧の先進国市場は成長が鈍化している。このため年率2ケタ台で成長する国も少なくない新興国市場の開拓は、世界の製薬会社にとって共通の課題であり、国際競争の焦点となっている。

 武田は売上高の約9割を日米で稼ぎ、新興国で出遅れた。しかも近年は高収益を支えてきたクスリが相次いで特許切れを迎え、これに代わる大型新薬を生み出せないまま、収入減の危機に直面している。

 その打開策として、ナイコメッドが持つ営業網を通じて新興国で自社品を拡販する戦略に打って出ようというのだ。

 新興国で手を打つのと引き換えに、国内市場はこれまでこだわり続けた「首位」を明け渡すリスクを負う。今回の買収で潤沢だった手元資金が減り、統合作業にも追われ、再編が進む国内で買収においそれと手を出せなくなるからだ。そのあいだに他の大手同士が統合すれば、「武田を抜いて国内売上高トップ」という枕詞の付く合併劇になる可能性が高い。

 国際競争に狙いを定めた覚悟の大勝負である。現在の世界15位前後からトップ10グループ入りし、売上高減少の危機からは解放されるが、苦しまぎれの一時的な底上げですますわけにはいかない。新興国で自社品も拡販して収益力を取り戻し、研究開発費を確保し、悲願の大型新薬創出につなげてこそ意味を成す。

 それを果たしたならば、武田の意思次第で国内再編の主役に再び立つこともありえよう。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)

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