あなたの知識は「頭」についているか、「身」についているか

「人間関係は悪いのが普通」と考えれば仕事は楽になる荒川詔四(あらかわ・しょうし)
株式会社ブリヂストン元CEO。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むほか、アメリカの国民的企業ファイアストン買収時には、社長秘書として実務を取り仕切るなど、海外事業に多大な貢献をする。タイ現地法人CEO、ヨーロッパ現地法人CEOを経て、2006年に本社CEOに就任。2008年のリーマンショックなどの危機をくぐりぬけながら、創業以来最大規模の組織改革を敢行したほか、独自のグローバル・マネジメント・システムも導入。一部メディアから「超強気の経営」と称せられるアグレッシブな経営を展開、大きな実績を残した。

荒川 ところで、森さんの『ストーリーでわかるファシリテーター入門』と私の『優れたリーダーはみな小心者である。』の2冊は、お互いに「車の両輪」のような本じゃないかと思っています。

 「車の両輪」ですか?

荒川 はい。私の『優れたリーダーはみな小心者である。』は、森さんの『ストーリーでわかるファシリテーター入門』に書かれている「うながす技術」を上手に使いこなすための、「リーダーとしての原理原則」を述べている本だと感じるんです。

「技術」を使いこなすための「原理原則」が私の本に書いてあり、森さんの本には「原理原則」が備わったら身につけるべき「技術」が書いてある。いわば「基礎」と「実践」というように、お互いを高め合ういい関係の本だと思うんです。

 そう言っていただけると、うれしいですね。と同時に、なんか意外な気がします。私は「基礎」と「実践」の関係を、荒川さんとは逆にとらえておりまして(笑)。

 私はもともと研究者で、若いときは大学で研究生活を続けることを目指していましたから自分が社長になるなんて想像もしていませんでした。そういうことがあるのか、私のアプローチは、ビジネスを「科学的に、方法論としてとらえる」ところがあります。大学生活が長く、企業でも研究所に長くいた私には、荒川さんが経営の最前線で培ったような「実践経験」が乏しい。ですから、私の著書が「基礎」で、荒川さんの著書が「実践」かなと感じていました。

荒川 同じ本でも読み手によって印象が違うということはよくありますが、書き手によってもこうも違うものなのですね(笑)。

 ところで、本を書いた人間が言うのも何ですが、本というものも間違えて使うとダメですね。普段何気なく使っている「身につく」という言葉がありますが、あれは実に深い言葉で、本を読んだだけでは「身につかない」。本を読んだり、研修を受けたりして「なるほど」と思っても、それを実践できないうちはまだまだ「身についた」とは言わない。ただ、「頭についた」だけの話で。

 「頭についた」というのは、おもしろい表現ですね。

荒川 本や研修でリーダーシップを学んだ気になっても、それを実践するとなると、相手は人間ですから、応用範囲は無限にあります。本や研修では学ばなかった場面もどんどん出てくる。それに、相手は自分のことを嫌っていて、本に書いてあった通りに対処しても、素直に聞き入れてくれないかもしれない。「頭についた」知識を頼りに、「この場面はたしか、あの本の〇ページに書いてあったから……」なんて思い出しているうちに、状況は刻々と変化します。「頭についた」だけでは、実際には使いものにならないんですよね。

 大事なのは、実践を重ねること。そこで、いろんな「痛い」経験を重ねるなかで、初めて「身につく」と思うんです。そして、知識が「身につく」と、リーダーとして瞬時に的確な判断ができるようになります。いちいち、「これは、あの本の〇ページに書いてあった」なんてことを考えるまでもなく、反射神経のように的確な判断ができるようになる。これが、「身につく」ということです。

 そのためには、本を読んで「頭につけた」知識をどんどん実践し、どんどん失敗して、その経験を「身」に沁み込ませることです。これが、本当の意味で「本を読む」ということなんじゃないですかね。