「仕事相手が全員年下」「自己模倣のマンネリ地獄」「フリーの結婚&子育て問題」……Twitterで話題を呼んだ〈フリーランス、40歳の壁〉。本物しか生き残れない「40歳の壁」とは何か、フリーとして生き抜いてきた竹熊健太郎氏がその正体に迫ります。著書『フリーランス、40歳の壁』では自身の経験のみならず、田中圭一さん(『うつヌケ』)、都築響一さん、FROGMANさん(『秘密結社 鷹の爪』)ほか、壁を乗り越えたフリーの話から「壁」の乗り越え方を探っています。本連載では一生フリーを続けるためのサバイバル術、そのエッセンスを紹介していきます。
 連載第4弾は、杉森昌武×竹熊健太郎対談!中央大学在学中に、伝説的ミニコミ誌「中大パンチ」「太腿」を創刊し、その後も編集プロデューサーとして30万部超えのヒットを8作も手掛けた杉森さん。今は出版業界以外でも、実業家として成功を収めています。1980~1990年代初頭のバブル文化から、大ベストセラー『磯野家の謎』制作秘話まで語って頂きました。学生時代から月に数百万円を稼ぐこともあった杉森さんの数奇な歩みに、旧知の仲である竹熊健太郎氏が迫ります。

30万部級のベストセラーを
8作手掛けた。

杉森昌武(以下、杉森) 少し話は変わってしまうんだけど、俺はライターをしながら最後まで「これは職業なんだ」という意識が薄かった。なんでこんなことでお金が貰えるんだろう、申し訳ないな、という感覚があったんです。それは会社を作ってからも抜けなかったですね。

竹熊健太郎(以下、竹熊) たぶんバブルという時代のせいだと思うんですよ。業界にすごく余裕があって企画の審査も甘かった。杉森くんも僕も「80年代ライター組」だけど、この世代は少しでも面白いことが書ければ誰でもライターになれた。

杉森昌武(すぎもり・まさたけ)1959年、東京生まれ。学生時代に創刊した『太腿』『中大パンチ』等のミニコミ誌の編集発行人として、出版界にデビュー。以後、主に企画編集プロデューサー兼ゴーストライターとして活動。『東スポ伝説』、『磯野家の謎』、『THEゴルゴ学』、『あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度』等のヒットを世に送り出す。

杉森 今、ライターを目指す人はすごく少ないらしいけど、それが正常なのかもしれない。

竹熊 でも僕たちはライターに憧れてなった訳じゃなくて、実は「ならざるをえなかった」人なのかもしれない。そういう人は今でも一定層いると思うんですね。

杉森 ああ、確かに。でも俺が他の人と少し違ったのは商才があったからだと思う。自分で言うのもなんですが。たぶん自分の世代で面白いことを書ける人が100人いるとして、俺はランキングでみたら30~40位くらいだと思います。でもなぜ、大学生の頃に世間から一番に見えたか、一番目立っていたのかというと文章にエロをくっつけたというアイデアのおかげですよ。そのたった一つのアイデアだけ。それが商才だったのかと思います。

竹熊 自分が書いた本ではなくて、手掛けた本がすごく売れているのもそういうことなんでしょうね。

杉森『磯野家の謎』はシリーズ累計320万部でしたけど、30万部級のヒットを数えてみたら俺は8作手掛けていたんですね。他にもハリポッター関連書籍でも累計150万部くらい売っているし。『あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度』は30万部、『THEゴルゴ学』もそのくらい売れました。『日ペンの美子ちゃん』もちょっとした工夫が功を奏したケースなんだけど、あれは広告物だから著作権は日ペンが持っていた。それを本にしたい、という場合は日ペンに許可を取るだけでよかったんだよね。だから制作費もそれほどかからない。
 でも改めて振り返ってみると俺は結局京子が稼いでくれたお金を使っていただけ、ともいえるかもしれないね。

竹熊 京子さんがいなかったらどうなっていたか、考えたことはありますか。

杉森 それこそ死んでいたかもしれない(笑)。麻雀だって3、4日で帰っていたのは家に京子がいるからですよ。これでも大分セーブしていたんです。もし京子がいなかったら歯止めが利かなくなっていたでしょうね。

竹熊 今、書いている原稿に「自由業とホームレス」の違いという章があるんですよ。

杉森 俺にはその違いが分からない(笑)。

竹熊 辞書で「自由業」を調べると「文筆業、もしくは医師や弁護士など」って出てくるんです。でも文筆業と弁護士は全く違うでしょう!(笑)あっちは国家試験があるけど、こっちは誰でもライターを名乗れるでしょう。それに何の保証もない世界。今、ライターをやってる若い子には悪いけれど「なんでライターになったの?」って聞いてしまうんです。

杉森 当時、俺たちはなんでライターになったんだろうね。やっぱりバブルだったということが大きいんだろうね。あの頃は本当にライターになりたい人がいっぱいいるという稀有な時代だった。