80年代ライター組と
「40歳の壁」。

竹熊 この本は「自由業40歳の壁」について呟いたツイートが元になっているんですが、80年代ライター組からの反響がとても大きかった。中森明夫さんや掟ポルシェさん、少し世代が変わりますが吉田豪さんや津田大介さん。皆、見事に生き残っている人たちばかりですが。杉森くんにお聞きしたいのは「40歳の壁」を感じたことはありますか。

杉森 僕は46歳まで原稿書きと出版プロデュースだけやっていました。その頃までは本当に忙しくて一心不乱に仕事と麻雀に打ち込んでいた。でも最後の方は仕事がかなり減ってきていて、いろんなことを考える時間があった。それで自分の行く末を考えたときに、好きなことを仕事にしてみたい、と思って出版とは別の起業をすることにしたんです。それですぐ麻雀とマッサージが頭に浮かんだんです。

「フリーランス」とは自分で選択する生き方のこと――杉森昌武の場合。【後編】竹熊健太郎(たけくま・けんたろう)
1960年、東京生まれ。編集家・フリーライター。多摩美術大学非常勤講師。高校時代に作ったミニコミ(同人誌)がきっかけで、1980年からフリーランスに。1989年に小学館ビッグコミックスピリッツで相原コージと連載した『サルまん・サルでも描けるまんが教室』が代表作になる。以後、マンガ原作・ライター業を経て、2008年に京都精華大学マンガ学部の専任教授となり、これが生涯唯一の「就職」になるが、2015年に退職。同年、電脳マヴォ合同会社を立ち上げ、代表社員になる。4月に『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』を上梓。

竹熊 僕らの世代が仕事をし始めた時代は、バブルと重なっていましたよね。当時、僕はバブルの恩恵なんて受けていないと思っていたけれどそれは違った。社会全体に余裕があった。そのおかげで「フリーランスにならざるをえない人々」がちゃんとフリーで食えていたと思います。

杉森 たまにえのきどと高校生の頃に会っていなかったら、どうしていたんだろうと考えることがありますよ。たぶん両親と同じように先生をやったと思う。でも40歳を過ぎたあたりで、自分の人生を見直して新しいことを始めるんだと思う。だから、確かに「40歳」は勤め人にとっても節目の年齢なのかもしれない。

竹熊 なるほど。今現在の編集プロダクションの状況を伺ってもいいですか。

杉森 勿論。今は年商でも600万円ないくらいだと思います。妻の京子が父の介護の影響で時間も取れなくなってしまったこともあって。主な仕事は、昔だとケータイマンガとかもよくやったし、最近まではコンビニ本も手掛けていました。

竹熊 一昔前は200万円で受けていた本を一冊つくる仕事が、6年前くらいには半分の100万円になり、今や40万円まで落ち込んでいるそうですね。

杉森 そう。それじゃ原価がそもそも出ないですよ。それでこれから業界の行く末が見えたこともあって出版以外の仕事を始めたという側面もあるんです。それは何かというと同業者という、かつての仲間と少なくなっていく仕事を取り合うことになると思った。それはまっぴら御免だったんだよね。
 いやあ、でも今日は竹熊さんと話せてよかった。俺が言うのもなんだけど、貴方もとても面白い人生を歩んでいるよね。……やっぱり大学の教授は辞めない方がよかったんじゃない?(笑)

竹熊 大学で「先生」になるフリーランスはやっぱり行き詰った人が多いですよね。本業で食うのに困った人が「先生」をやるケースが多い。それは一つの生き残りの方法だとは思うんです。でも僕には、とても耐えられなかった。ADHDは病気じゃないんです。体質とか性格の偏りなんです。だから治らない。それが分かっただけでもよかったかもしれない。

杉森 俺も似たようなものだよ。まったく家電とか触れないし。冷蔵庫以外。

竹熊 でもフリーランスの方でも、僕らとは全く違う性質の人もいるから面白い。

杉森 一方で、フリーランスにならない勇気を持った人もすごいと思うんです。「よい子の歌謡曲」の編集長だった工学院大学の梶本学くんはプロになって然るべきだったのに、欲を絶って家業を継いだ。それは一つの勇気だと思う。

竹熊 フリーランスをしていると色々な「選択」をする場面があって、それを一人で引き受けなければならない。あのとき、ああしていればよかったと思うことはありますか。僕の場合でいうと京都精華大学から話があったときに、事務仕事のない専任講師で!とお願いしておけばよかった(笑)。

杉森 イフの世界のことを全く考えないと言えば、それは嘘になりますよ。でも、間違った「選択」なんて一つもなかったと俺は考えるんです。竹熊さんもおっしゃったようにフリーランスとは自分で進路を決める生き方のことです。俺はそういう生き方が出来て幸せだったと思うし、誇りに感じるんです。だから「選択」をできることが良いのであって「選択」自体が間違いだったということは、極論ないと思います。言い過ぎかな(笑)。

竹熊 久しぶりにお会いできて楽しかったです。ありがとうございました!