鄧小平の号令
「政府にはカネがない。自分で稼いで血路を開け」鄧小平の号令

 鄧小平が実権を握って始まった改革開放は、それを打開するための動きだ。改革開放は「政府にはカネがないが、特区として自由に商売をする政策を与える。自分で稼いで血路を開け」という号令から始まり、その言葉は博物館にも大きく展示されている。

 当時の鄧小平の言動は、エズラ・ヴォーゲルの大著「鄧小平」上下巻(日本経済新聞出版社)に詳しい。同書では各章で、鄧小平は中国の力で深センを変えようとしたのではなく、深センに香港ほか先進国の力を引き入れることで、計画経済の失敗で行き詰まっていた中国を変えようとしていた活動が記録されている。

 連載の第1回(人類史上最速で成長する都市「深セン」で何が起きているのか)でも触れた「深セン博物館」でも、当時の中国の最高権力者である彼の言葉や功績が随所で引用されている。

最高権力者・袁庚の言葉
(左)公務員になるな!創意工夫をしろ!と伝えた袁庚の活動/(右)「才能を求める。改革をしない人は深センに要らない」と伝えた言葉

 ただ、この改革開放博物館で多く挙げられているのは前述した袁庚の言葉だ。

 たとえば「“四分銭風波”与打破“大鍋飯”」というのは、社会主義計画経済からの脱却を象徴する言葉である。

住宅を商品化
中国全土に先駆けて、1981年に住宅を商品化した試みの記録。中央の鄧小平は深センのこうした動きをなるべくサポートし、汲み上げて広げていくことに生涯を懸けた

 大鍋飯とは、日本語で言う「親方日の丸」を指すような言葉。なにがあっても生活に困らない国営企業を、壊れない鉄のお碗に例えている。深センでは、工夫やハードワークにより大きな成果を上げた者には作業奨励金という形で、もらえるお金も大きくなる仕組みを取り入れた。説明文には、「クリエイティビティ、イニシアチブを発揮して大きな成果を出した者は多くのものを得ることができる」という説明がある。共産主義革命が下からの革命なら、この市場経済の導入は、逆方向からの革命と言えるかもしれない。