牛肉食の歴史から振り返る牛肉解禁と山椒

 日本における牛肉食は、旧石器時代に始まっていたと推測されていますが、弥生時代に稲作が始まると、牛は食用よりも農耕や運搬などの労役に使われるようになりました。その後、仏教が日本に伝来すると、牛肉を食べると農耕に支障をきたすという信仰も次第に定着していきます。

 675年天武天皇の治世に「殺生禁断令」が公布されました。仏教精神は、結果的に「肉食禁止令」となり庶民の肉食の自由を奪っていきました。ここで注目したいのは、「亦四月朔以後 九月三十日以前」とあることで、毎年4月~9月までの農耕期間に限られていたことです。では、日本人は肉を全く食べていなかったのか?いやいや、そんなことはありません。薬として食べられる時期もありましたが、公には禁止されてたのです。その禁止期間なんと約1200年。

 1872年に明治天皇により、肉食が解禁されるまで、庶民は隠れて牛肉食を継続していました。やはりいつの時代も肉の美味しさの虜になる人は少なからずいるようですね。以降、牛鍋、すき焼きと公に牛肉を食べる文化が確立されていきます。当時の牛肉の味は、味噌で食するのが一般的だったようです。

八百屋八兵衛の『牧牛論』(『魯文珍報』明治11年2月18日号所載)によれば、
《葱を五分切りにして、まづ味噌を投じ、鉄鍋ジヤジヤ、肉片はなはだ薄く、少しく山椒を投ずれば、臭気を消すに足るといへども、炉火を盛んにすれば、焼きつけの憂ひを免れず。そこで大あぐらで、一杯傾けるから、姉さん、酌を頼みますと、半熟の肉片、未だ少しく赤みを帯びたるところ、五分切りの白葱、全く辛味を失はざる時、何人にても、一度箸を入るれば、鳴呼、美なる哉、牛肉の味はひと、叫ばざるもの殆ど希れなり矣》

 当時から牛肉と山椒を合わせて食べていたのです。ピリッとした辛みが、肉食を増進させますからね。また人気のグルメ漫画『美味しんぼ』69巻でも『山椒の牛肉丼』が紹介されています。歴史を振りかえっても食べられてきた牛肉と山椒。焼肉にあわあないわけがありません。ただ、私がおススメしたいのが粉山椒ではなく、実山椒の佃煮と赤身肉を合わせるという食べ方です。

実は、何を隠そう柑橘類ミカン科なのが山椒てす。実山椒を先に3粒食べ、さっぱりめの赤身肉を口に運んで口内調理。ピリッとしつつ、ほのかな柑橘系の香りで新境地を味わえます。

『赤身肉と実山椒の佃煮』
 実は、何を隠そう柑橘類ミカン科なのが、山椒です。山椒の全国収穫量のうち70%がミカンの産地和歌山産。山椒と聞くと、鰻にかける調味料を思いうかべると思いますが、あれは、粉山椒です。粉山椒になる前の若い実を佃にしたものが実山椒の佃にとして販売されていますので、味の強い赤身肉、クリミ、トウガラシ、ウチモモを合わせて食べてみてください。ほのかな柑橘系の香りを感じながら、新境地を味わえます。

『霜降り肉の定番調味料になった山葵醤油』
 刺身や寿司ネタには欠かせない存在で、山葵と合わせて食べることも非常に多いです。焼肉で食べる部位も脂質の多い部位を食べる時、山葵醤油で食べるのが合います。ワサビの風味は脂と中和し易いので、脂質が多い部位にはたっぷりとつけて食べるのがおススメ。脂っぽい肉を食べた後の口の中をさわやかにしてくれます。焼肉屋さんではありませんが、孤独のグルメ シーズン6』にも登場し、今やすっかり有名になった食堂とだかの名物『牛ご飯』。ご飯の上にミディアムレアで焼き上げられた大判のサーロインの上にたっぷりと山葵がのっています。ワサビをのせたまま、豪快に肉でご飯を巻き、そのまま口に放り込みます。山葵の辛味が、サーロインの脂質を和らげてくれ、至福の時間が味わえます。

食堂とだかの名物『牛ご飯』。ご飯の上にミディアムレアで焼き上げられた大判のサーロインの上にたっぷりと山葵がのっています。

・山葵の辛味成分には抗菌作用があり、大腸菌やサルモネラ菌、O-157、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌など多くの食中毒の原因となる菌の増殖を抑制する働きがあります。

・山葵の辛味成分であるアリルからし油が魚の生臭さを分解し、食欲を増進させる作用があります。また、独特の香りと辛味が胃を刺激して食欲と消化をサポートしてくれます。
[参照:独鈷沢わさび園サイト]