「ついにここまできたか」。ミツカンの歴史を塗り替える出来事を目の当たりにし、食酢の企画を担当する佃知彦は感慨にふけった。
2017年度、さまざまな料理に使える調味酢の「カンタン酢」が、黄緑色の帯でおなじみの「穀物酢」を超え、ミツカンの単品商品における出荷数でトップに立ったのだ。
カンタン酢はピクルスや甘酢焼きといった多様なメニューに応用が利き、これ一つで味が決まるという利便性から、料理をする女性などから支持を得てきた。
その人気に火が付き、とうとうミツカンの屋台骨として君臨してきた穀物酢から首位の座を奪取したのだ。この逆転劇に、社内からは驚きの声が上がった。
佃は長年にわたる取り組みが間違っていなかったことをあらためて確信した。市場のニーズに応えているカンタン酢が売れないはずはない。いつかミツカンを背負う存在になるはずだ。その思いを貫いてきてよかったのだと。
今でこそ大ヒット商品となったカンタン酢の船出は実に地味なものだった。
「カンタンいろいろ使えま酢」の名称で08年、広告も出さずひっそりと発売された。よくある新商品の一つにすぎなかった。
開発チームは、市場での売れ行きをつかみかねていた。よもや将来、ミツカンのトップ商品になるなどと誰も想定していない。ただ、ニーズはあると信じており、ひそかに期待を寄せていた。