バブル期までの地下鉄は夏場、とてつもなく暑くて不快な乗り物だった。本来、地下は「夏でも涼しい」はずが、さまざまな要因が重なって暑くなってしまったのだ。再び「涼しい地下鉄」を取り戻そうと、営団地下鉄が導入したのは「トンネル冷房」。ほんの27年間ほど稼働しただけで姿を消した、幻の装置だ。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)
開業当初は「涼しさ」がウリだった!
地下鉄構内はなぜ暑くなったのか
地下鉄の駅構内には独特の空気が漂っている。特に銀座線や丸ノ内線といった古い路線のホームには、電車と共に湿気を帯びた生ぬるい風が流れ込んでくるばかり。ふつう地下トンネルといえばひんやりした場所というイメージなのに、なぜ地下鉄に限ってこんなに暑いのだろうか。
実は地下鉄のトンネルも、開業当初は「地下鉄は夏でも涼しい」ことを売りにするほど涼しかったという。
地下空間が夏は涼しくて冬は暖かいのは、地中の温度は一年中安定しているからである。太陽光で暖められた土は、1ヵ月に1メートルのゆっくりしたペースで地中に熱を伝えていく。夏の暑さが地下に伝わる頃には地上は冬となり、今度はゆっくりと冷やされていく。このサイクルを繰り返しているため、地下深くなればなるほど温度が安定し、地下10メートルを超えると、地上の平均気温とほぼ等しい温度で一年中安定している。
こうした特性は、農作物を地下に貯蔵するムロなど、生活の中でも古くから活用されてきた。近年普及が進む地中熱ヒートポンプシステムも、地中と外気との温度差を利用したものだ。
初期に建設された地下鉄は地下10メートルあたりを走っている。トンネルは土に冷やされて一年中安定した温度を保っていたのだ。ところが戦後になって高度経済成長期に入ると、地下鉄でも夏の蒸し暑さが問題になりはじめた。理由は2つある。ひとつは輸送量が急増し、車両や乗客から発生する熱量が増大したこと。もうひとつは、地下水のくみ上げにより地下水位が低下し、土のトンネル冷却効果が弱まったことによるものだ。
さらに、当時の電車は、使わないエネルギーを熱に変えて捨てることで速度を調整しており、いわば常時「排熱」しながら走っていた。トンネル内で発生する熱量の7割は、車両から発せられるものだったという。
銀座線の場合、戦前は2両編成の運行が基本だったが、経済成長とともに利用者が急増。車両は6両編成になり、運行本数も増えている。発生する熱が地中の冷却効果を上回れば、トンネル内がどんどん暑くなっていくのは当然の帰結だった。