「ウォークマン」と「プリウス」の意気込み

 ソニーが1979年に「ウォークマン」を世に出した。あのときの世間の驚きぶり、感動の大きさは相当なものだった。

 ソニー側の「大いに感動させるぞ」という意気ごみと、消費者側の「絶対に感動してやるぞ」という盛り上がりが大きなエネルギーをつくり出し、そのうねりが世界中に広がっていった。

 トヨタが1997年に世界初の量産ハイブリッド乗用車「プリウス」を発売したときもそうだった。世界がどよめいた。驚異的な燃費と予想をはるかに下回る価格設定に強く感動していた。

「21世紀に間に合いました」

 このキャッチコピーも、私たちの心をがっちりとつかんだ。

 あのころの企業は、いかにしてお客さまに感動を与えるか、そのことに全力投球していた。
 いまもそうしているというひともいるだろう。

 でも私にはやはり、このところの日本企業がつくり出す感動は小さいし、少ないし、続かないように思われる。

 あのころはお客さまも、今度はどんな感動を提供してもらえるのかと期待に胸を躍らせていた。そういった期待も、最近はしぼんできているように見えるのだ。

 企業のなかに目を向けても、やはり感動の授受機能が衰えてきたと感じる。
 本来、部下とは、上司に何か提案を行うとき、その内心に「上司をあっといわせたい、感動させたい」という企(たくら)みを抱いているものだ。