造船業は、高度経済成長期の日本を支えた一大産業だった。1950年代には欧州勢を退けて建造量世界一に躍り出ると、80年代まで約5割のシェアを握り続けていた。ところが90年代には韓国、2010年ごろには中国勢が台頭、日本の造船業はかつての存在感を失ってしまった。そして今、国内首位の今治造船すら、赤字に転落する厳しい環境にさらされている。果たして国内造船各社はどのように生き残るのか。三井E&S造船の古賀哲郎社長に話を聞いた。(聞き手/週刊ダイヤモンド編集部 新井美江子)

古賀哲郎・三井E&S造船社長
こが・てつろう/1956年、長崎県出身(61歳)。81年、九州大学工学部造船学科を卒業後、三井造船(現三井E&Sホールディングス)に入社。入社以来、造船部門一筋である。2015年に執行役員、船舶・艦艇事業本部副事業本部長、企画管理部長。16年に取締役、常務執行役員、船舶・艦艇事業本部長。18年から現職

――日本の造船業界では、再編が起こりそうで起こりませんが、三井E&S造船は今年5月にオーナー系の常石造船と商船事業で業務提携を結びました。この提携の意図するところは?

 前提として、われわれは自前主義は捨てました。三井造船(現三井E&Sホールディングス)が100周年を迎えた昨年には、はっきりその方針でいくと決めていた。

 今まではブランド力があり、技術力や人材も豊富であるなど、われわれにはさまざまな優位性がありました。しかし、ただでさえ造船不況が長く続いている上に、開発船の投入競争も激化しています。そんな中、ベテラン層の定年退職で人材リソースに限りが出てきた。われわれの人件費の高い工場では、コスト競争力もそこまで出ません。

 これからは、各社が強みを生かしながら足りないものを補完し合っていかないと生き残れないと私は思っています。例えば、工場のコスト競争力を持っているところと開発力があるわれわれが協業できればより強くなれる。

――その戦略の一環が常石造船との業務提携だということですね。常石造船は人件費の安いフィリピンや中国に造船所を持っていますから。ちなみに、13年ごろ、三井造船は川崎重工業と経営統合しようと動いていましたが、当時の造船部門はまだ自前主義を捨てようとは思っていなかったということでしょうか?

 私、交渉の当事者じゃなかったんで(笑)。ただ、プライドはぶつかり合っていたと思います。あのころは今ほど市況が悪くなかったし、海洋開発やLNG船を一緒にやれるんじゃないかとか、前向きな話もあったんで。あれから2年くらいでガラッと環境が変わりましたよね。