軍事対立の米ソ冷戦
核戦争の寸前の危機があった

 冷戦が終了した1989年当時、ソ連軍の総兵力は約510万人、東欧の同盟国は約100万人の兵力を持っていた。これに対し、米国は総兵力216万人とNATOの同盟国の310万人余の兵力で対峙した。

 国防費の対GDP比は米国で6%、ソ連は15%に達していた。現在、米国の国防費の対GDP比は3.5%、中国は1.3%で冷戦時代とは大違いだ。

 冷戦当時、ソ連は大陸間弾道ミサイル1386基、中距離弾頭ミサイル608基、弾道ミサイル原潜63隻、爆撃機1195機の核戦力を持ち、米国は大陸間弾道ミサイル1000基、弾道ミサイル原潜36隻、爆撃機390機を保有していた。

 米海軍は空母14隻、対艦船用の原潜95隻、水上戦闘艦(巡洋艦、駆逐艦等)225隻を持ち、ソ連海軍は空母4隻、潜水艦370隻、水上戦闘艦264隻を保有していた。

 米国とソ連がもし戦えば、双方とその同盟国が壊滅的打撃を受けるだけでなく、全世界で飢餓が発生することも予測されていた。長期間大気中に漂うばい煙により太陽光が遮られ、地表の温度が低下する「核の冬」により、食料生産などへの影響も懸念されたからだ。

 それだけに双方とも直接の戦争は避けたが、ベトナム戦争ではソ連が大量の兵器と教官、技術者を北ベトナムに送り、ソ連のアフガニスタン侵攻に対しては米国がアフガンの反ソ組織に武器を供与し、代理戦争で、それぞれが相手の弱体化をはかった。

 1962年にはソ連が核ミサイル基地で中距離弾道ミサイルをキューバに送り込んだことが明らかになったことから、米国がカリブ海で海上封鎖をするなどで、核戦争寸前の危機となった。

 こうした冷戦当時、筆者はNATO軍の大演習や、韓国での米韓合同演習を見学していても「もしこのような事態になれば日本はどうなる」と考え、暗い気分にならざるを得なかった。

 当時を考えれば、今日の米国と中国の対立は米ソの冷戦とは比較にならない。

 南シナ海で米海軍の潜水艦や哨戒機が、海南島を拠点とする中国の潜水艦を追尾して、識別用の「音紋」を収録したり、調査船が海水の温度や海底地形など対潜水艦戦のためのデータを集め、中国海軍がそれを妨害しようとしたりしてトラブルが続発している。

 だが冷戦時代には空母3~4隻を中心とする米国の大艦隊がウラジオストック前面で発着艦訓練をして威嚇、ソ連は多数の爆撃機を出してそれに対抗した。

 ソ連艦が米空母のすぐ前を横切って直進を妨げ、艦載機の発着艦を妨害しようとし、米ソの駆逐艦が接触する事件もよく起きていた。

 それに米ソの間では経済的な関係はほとんどなく、時にソ連が米国から小麦を輸入する程度だったから、経済の面での対立は起きず、米ソの対立は主として軍事的なものだった。