作曲家シューマンが「幻想曲ハ長調」を書いた目的は、ベートーヴェンの記念像を立てる寄附金集めでしたが、実はもうひとつ「愛のあかし」でもあったのです……そんなロマンチックな音の詩人シューマンはジャーナリストでもあり、彼が創刊した雑誌『音楽批評』は現在も続いています。そこでかつて起こった有名な論争とは?『ビジネスに効く世界の教養 クラシック音楽全史』より一部をご紹介します。

鳴り響くあらゆる音を貫いて
色様々な大地の夢の中に
ひとつのかすかな調べが聞こえる、
密やかに耳を傾ける人のために(※)
           (高野茂 訳)

 これは、ドイツ・ロマン派音楽を代表するピアノ曲のひとつ、ロベルト・シューマン(1810~56年)の「幻想曲ハ長調(作品17、1838年)」第1楽章の冒頭に掲げられた詩です。

シューマン

 詩の作者であるフリードリヒ・シュレーゲル(1772~1829年)は「ドイツ文学におけるロマン主義とは、過去において喪失されたものを取り返す運動である」と言い続けた詩人・哲学者です。

 失われた大地とその価値、湧き出る夢の調べに対する大いなる郷愁、それは、いつの時代においても「失われた源泉」を求める旅のなかでこそ発見される、とシュレーゲルは主張しています。

 この曲は、ボンにベートーヴェンの記念像を建てる、その寄付金集めのために書かれました。

 しかし、もうひとつの意味もありました。当時クララと婚約しながらもクララの父から結婚を猛反対されて先が見えない状況下、彼女に書いた音楽のラブレターとも言えます。この冒頭の詩にある「調べ」は、クララを指しています。シューマンは音の詩人でした。

 ついに父親の猛反対を押し切り、2人は1840年に結ばれます。クララは19世紀に高名なピアニストとして名を残すほどの音楽家だったので、同業のビッグカップルがここに誕生しました。

映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』(2008年/ドイツ、フランス、ハンガリー/監督ヘルマ・サンダース=ブラームス/主演マルティナ・ケデック)

 ★シューマンとクララという2人の才能あふれる作曲家の物語を想像するには、映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』がおすすめ。シューマンとブラームスの美しい音楽がふんだんに使われています。監督はブラームスの叔父の末裔とか。

 シューマンはあまりに嬉しかったのか、124曲もの歌曲を一気に作曲します(※藤本一子『作曲家 人と作品 シューマン』音楽之友社、2008年)。そしてクララと結婚した翌年、「交響曲第1番」を発表します。同曲の標題『春』は、詩人アドルフ・ベットガーの詩『汝、雲の霊よ』に登場する「谷間に春が燃え立っている」というフレーズに非常に感動してつけられたものです。各楽章には「春のはじまり」「夕べ」「楽しい遊び」「春たけなわ」と楽想を書いています。結婚した喜びにあふれた交響曲です。

 シューマンは、作曲のほか『音楽新報』を創刊し音楽ジャーナリストとしても活躍していました。ここに、19世紀最大の論争が起きます。当時、もっとも力を持っていた音楽評論家ハンスリックが、リスト、ワーグナー、ベルリオーズの生んだ「標題音楽」「交響詩」「楽劇」を徹底的に批判したのです。リストたちは、独自の形式を用いて理想とする音楽をつくっていました。

 シューマンやブラームスは、ハンスリックの意見に賛成します。作曲方法や形式に忠実でありながら、独創的な作品を生み出していたブラームスは「反リストの論陣を張ろうとぼくの指はむずむずしている」と、ライプツィヒで行われた『音楽新報』創刊25周年を祝う会合で盟友ヨアヒムに語り、徹底抗戦の構えをみせました。

 この騒動について、当時の人々は「ワーグナー派(文学的な標題芸術派)対ブラームス派(純粋芸術派)」という図式でこの2つの流派を敵対的に論じましたが、ブラームスは、ワーグナーの逝去の報せを聞いて月桂冠を贈るほど(古代ローマ時代から、優れた者を顕彰するために贈る習慣があった)彼の作品を評価していました。

 シューマンが創刊した『音楽新報』は現在も続いています。