フィギュア、卓球、
バドミントンは90年代に開始

 テニスに次いでファイナル大会が開催されるようになったのはフィギュアスケートで1995年のシーズンから(第1回は96年2月に開催)。卓球は1996年から始まった。そしてバドミントンはランキングポイントを競い合うスーパーシリーズが始まった翌年の2008年からファイナルズが行われるようになった。

 フィギュアのグランプリシリーズも始まった当初は日本選手が出場することは稀だったが、2000年代に入ってからは躍進が目立つようになる。2003年シーズンには女子シングルで村主章枝氏が金、荒川静香氏が銅のふたつのメダルを獲得。男子シングルも2005年シーズンに高橋大輔が銅メダルを獲ったのを皮切りに現在まで14年連続でメダルを獲得している。出場枠が男女とも6という狭き門にもかかわらず、2010年シーズンには男女とも3人ずつ出場者を出しているし、2012年には男子に4人の日本選手(高橋大輔、羽生結弦、小塚崇彦、町田樹)を送り出したこともあった。世界に冠たるフィギュア王国になったことが、グランプリファイナルの人気を高めたといえる。

 卓球のグランドファイナルは1996年に始まって10年以上、中国勢の天下が続いた。だが、2010年に男子の水谷隼が優勝、女子の福原愛氏が3位に入る好成績を収めた。この大会には中国選手がプロツアーに参加せず、出場しなかった背景もあったが、これをきっかけに日本選手が世界の壁を怖れなくなり、活躍が目立つようになる。

 バドミントンのファイナルズも開始当初は中国、マレーシア、デンマークなどが強さを発揮し、日本選手は上位に食い込めなかったが、2014年に女子ダブルスで高橋・松友組が優勝、翌2015年には男子シングルスで桃田、女子シングルスで奥原がW優勝。この頃から日本選手の活躍が目立つようになった。誰かがブレークスルーを成し遂げることによって、そのライバルだった選手たちも意識が変わり、全体のレベルアップを促したといえるのではないだろうか。

 もちろん、その背景には競技団体の地道な選手育成やトップレベルの国からの指導者招へいといった努力、東京五輪に向けて敷かれた強化体制などもあるだろう。それらが形になって表れたのが、ファイナル大会での日本選手の活躍だ。

 出場すること自体、大変なのが年間王者を決めるファイナル大会。だが、それにとどまらず優勝争いまでしてしまうようになった日本選手が続出していることを今、素直に喜びたい。

(スポーツライター 相沢光一)