歯周病や虫歯といった歯科疾患が、単に「口の中の問題」と考えられていた時代は遠くなった。歯周病が糖尿病、がん、循環器病、認知症など全身のさまざまな疾患に関わっていることが、国内外の研究者によって明らかになってきたからだ。しかし、アメリカでは20年以上も前に、歯周病学会が「Floss or Die(フロスを選ぶか、死を選ぶか)」というスローガンを掲げている一方で、日本では患者への注意喚起に結びついているかというと、まだまだだろう。そこで、鶴見大学歯学部探索歯学講座・花田信弘教授(歯科医師・歯学博士)に、日本人がまだあまり認知できていない歯周病が全身に及ぼす悪影響について、詳しく話を聞いた。(聞き手/ライター 羽根田真智)
歯周病菌の保有者は、
膵臓がんの発症リスクが2.3倍に
――歯周病をはじめとする歯科疾患は、全身疾患に関係しているのでしょうか?
鶴見大学歯学部 探索歯学講座教授
1953年福岡県生れ。国立保健医療科学院口腔保健部長。九州歯科大学卒業後、ノースウェスタン大学微生物・免疫学研究室に留学。国立感染症研究所口腔科学部長、国立保健医療科学院部長などを経て、2008年から現職。
歯周病がさまざまな臓器に影響を与えることは、疫学的には随分前からわかっていました。さらに新たな動きとして、歯周病菌があらゆる臓器に影響を与えることを示すしっかりしたエビデンスが出てきました。歯周病のコントロールの悪さが、なぜ全身疾患のリスクを上げるのか、メカニズムがわかってきたものもたくさんあります。歯科と医科が手を結び、治療を行う機会も増えてきました。
歯周病は主に“2つの方向”でほかの臓器の健康を左右します。2つの方向とは、「血液に入り込んで全身を駆け巡る歯周病菌などの口腔細菌」と「歯を失い咀嚼(そしゃく)が難しくなることでの栄養低下」です。口腔ケアをおろそかにし、歯周病が進行すると、歯周ポケットの組織が破壊され、炎症が起こります。そこから口腔細菌が血液内に入り込むのです。歯周ポケットの滲出液(しんしゅつえき)は血液とほぼ同じ成分であり、血液内でもしばらく生き延びることができるため、血液に乗って全身に運ばれます。
これらの口腔細菌が全身に及ぼす影響と、栄養低下が及ぼす影響は異なります。まずは、口腔細菌の影響からお話ししましょう。
――歯周病菌は、具体的に全身にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
まず、膵臓がんの発症リスクが高まると言われています。歯周病菌の代表的な菌で、特に問題があるポルフィロモナス・ギンギバリス菌(以下、ギンギバリス菌)の保菌者は膵臓がんの発症リスクが1.6倍、同じく歯周病菌の一種であるアグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス菌の保菌者は膵臓がん発症リスクが2.2倍高くなると発表されています(参照:Fan X et al. Gut 2018, 67: 120-127.)。