大昔のことだが、経営者の不正に関しては、忘れられない思い出がある。
あるグループ本社から依頼された仕事をしていたときに、予定にはなかったのだけれど、話の成り行きで、本社の人とともにある子会社を訪問することになった。先方は突然の訪問にもかかわらず対応してくれ、事業サイドの管理職数人と話をすることができた。そして、最後に財務経理担当者とも話をすることになった。
内部告発の瞬間に立ち会った思い出
おずおずと部屋に入ってきた担当者だが、異様な雰囲気を身にまとい、目が血走っている。何かがおかしい、と思った。そして、名刺交換をした後に、私の話も聞かず「財務状況を説明させていただきます」と言って、貸借対照表(BS)を持ち出し、一つひとつの勘定科目を順に指さしながら、売掛金はこれこれの額で、と噛んで含めるように読み上げる。
わざわざ言われずとも、数字を見ればわかることなのだが、その行動には有無を言わせぬものがあったので、ただ黙って話を聞いていた。
しかし、短期貸付金のところで、それを指す担当者の指が、そして声が震えた。
えっ?
この会社の規模からすると、明らかに釣り合わない額の貸付金。
「この貸付金って、何ですか」
私は思わず尋ねた。担当者は一瞬安堵したように顔の緊張を解き、ちょっと間をおいてから、「私の口からは言えません」と言った。
それがきっかけとなり、いろいろと調査をすることになった。貸付先は社長であった。
残念なことに、その後、キックバック、トンネル会社を介在させての中抜き、個人的支出を会社の経費にする不正請求、その他あらゆる問題行為があることが判明した。さらに、それだけでは足りなくて会社からお金まで借りていたのである。
もともとグループ本社からしてみれば、金額的にも機能的にもそれほど重要性の高くない会社である。本社からたまに人は来ていたようだが、そのたびに社長自らが先頭に立ち特別の接待をして、“余計なこと”に興味を持たないように誘導していたそうだ。
特に社長は、財務経理担当者が単独で本社の人と会うことは絶対に許さなかったらしい。また今回も、担当者としては、たまたま社長の出張中に、本社からの依頼でやってきたコンサルタントに、「BSの勘定科目の数字を読み上げた」だけである。
そのときの担当者の異様な顔つきは忘れられない。自分の生殺与奪の権を握る社長を告発するというサラリーマン人生を懸けた勝負だったのだ。あくまで外部のコンサルタントが自発的に発見した(形式的にはそうである)ことにしてほしかったので、BSの項目を一つひとつ指さし確認していったのである。私は、その意を酌んで対処した。
愛人と社長が
会社を私物化した有名事件
30代以下の方はそもそも知らないと思うが、経営者の会社私物化においては「三越岡田事件」という有名な事件がある。1982年のことだから、35年以上前の話だ。ただ、古い話ではあっても、経営者の会社私物化の原型のような例であるので、少し詳しく語ってみたい。