千鶴子がこの言葉をかけるのには、3つの目的がある。一つは、その従業員が現場に対してどの程度問題意識を持っているか、関心を抱いているかを探ること。次に、その従業員の状況を知ること。最後に、その従業員に当事者意識をもたせることだ。

 質問された従業員が「問題ありません」などと答えればどうなるか。千鶴子にとってその答えは、問題意識が低いことと直結している。そして次から次へと質問攻めにし、問題の核心を把握しようとする。本質的な問題がその従業員特有のものなのか、それとも部門のものか。全社的な問題なのか、上司は把握しているのかなどを探るわけだ。

 そして本社に戻ると、「こんなことがあった。知っているか」などと問いただす。たとえばある従業員に充分な商品知識がなかったとする。そんなとき千鶴子は、能力開発部長を呼び、マニュアルを点検して「こういう部門で何年次の社員にはどんな教育をしているか」と尋ねて商品知識マニュアルの内容を確認する。カリキュラムの不足か、従業員の勉強不足かを特定するのだ。そのうえで、対策を検討していた。

「問題あらへんか?」には、もうひとつ意図がある。従業員が仕事に集中できないような状況に陥っていないかどうかを確認することだ。

 こんな話がある。ある日、千鶴子は著者にこう言いつけた。「岡崎店のAさんの個人ファイルを持ってきてください」。著者が持参すると、千鶴子は履歴書に目を通し、自己申告書を読んだ。そこには、Aさんの奥さんが病気だと言うこと、治療をしているもののなかなか改善が見られないこと、良い医者を探していることなどが書かれていた。

 書類から目を上げた千鶴子は、ジャスコ健康保険組合の嘱託医に電話をかけ、その病気の情報収集をした後、専門医や病院の紹介をしてもらった。加えて、懇意にしている大学病院の教授にも連絡し、その道の権威を紹介してもらったという。

 これはほんの一例だ。子育てや介護など、本人だけで解決できない悩みに親身に対応するのが千鶴子だった。「問題あらへんか?」の質問には、さまざまな意図があったわけだ。