逆転を可能にする「きっかけ」の作り方

形勢が変わる事態は、心理的な要素だけではなく、技術的な要素もきっかけとなりうる。ドライブ主体でやっていたところに、急にスマッシュを打つ。ずっと普通のトスのサービスだったのを、急にハイトス(2~3mくらい高くボールを上げる)のサービスを出す。あるいはバックサーブを出す。そういった今までにやっていなかった技を出すことで、試合の流れが変わることがある。

劣勢に立たされている選手が、このまま同じことをやっていては負けてしまう局面を、なんとかして打開するための「きっかけ」を自らで作り出していく。

そういった「きっかけ」を作り出すのがうまいのは、伊藤選手だろう。「みまパンチ」や「逆チキータ」、あるいは通常よりもボールを薄くとらえた「みまチキ」とか、そういった独自の技術の引き出しがとても多い。それも、入るかどうか分からないようなものではなく、技術的にもしっかりとしているので、そういったプレーを繰り出すことで流れを一気に引き寄せる力を持っている。

男子では、水谷選手もそういった流れを変える技術はとてもうまい。伊藤選手の場合は誰もやらないようなあっと驚く技で大胆なプレーをするのだが、水谷選手の場合は、ぱっと見では分からない、細かい変化を随所に織り込んでくる。

たとえば、サービスでは、ロートス(低いトス)で来たところにミドルトス、そうかと思ったら今度はハイトス、で、またミドルトス、という具合にちょこちょこと変える。彼の頭の中ではそういった小さな変化から、相手を崩す、流れを変える、というシナリオが緻密に組み立てられているのだ。

ただなんとなく試合を観ているだけではこういった小さな変化は分かりにくいかもしれないが、事前にそういった知識があれば、すぐに分かるようになる。

サービスのトスの高さもそうだし、回転の種類もそう。縦回転か、順横の回転か、逆横の回転か、ラケットの角度をよく見れば、初心者の方にでも分かる。そしてそういった変化は必ず解説者が解説しているので、解説者の声もよく聞いてほしい。

ドライブとスマッシュは全く違う

卓球の専門用語として、よく聞く言葉に「スマッシュ」というのがある。よく「ナイススマッシュ!」と聞くことがあるが、実際にはそのほとんどが「ドライブ」だ。

卓球経験がないとドライブとスマッシュの区別はつきづらい。ドライブはボールを擦り上げて上回転をかけた攻撃のボールだ。ボールの軌道は弧を描き、上回転、つまり前進回転がかかっているので、バウンドした瞬間にグンと伸びる。一方、スマッシュは擦るのではなく、パチンとはたくような打法だ。したがって、回転は無回転に近く、軌道は直線的になる。

このように、打法も回転も軌道も全く違うボールなのであるが、経験がないと分かりづらいので、速いボールは全て「スマッシュ」と呼んでしまいがちだ。しかし実際に、スピードのある攻撃のボールは、95%が「ドライブ」である。

用具が発達していなかった昔は、回転のかかるラバーはあまりなく、スピードで相手を抜き去る技術はスマッシュが主流であった。しかし用具が発達した今は、メーカー各社から回転のかかるラバーが次々と開発されている。

最もポピュラーな、「裏ソフト」という種類のラバーに関して言えば、「スマッシュでスピードの出るラバー」というのは開発されていない。「ドライブでより回転がかかる」という特性のラバーばかりだ。

なぜ回転にこだわるのかというと、ボールというのは前進回転がかかっていればいるほど、空気抵抗の関係で下に落ちる。つまり相手側のコートにより安定して着地しやすくなる。

さらにスマッシュの場合は、軌道が真っ直ぐなので、オーバーミス、あるいはネットミスをしやすく、安定感に欠ける。それでいて、スマッシュもドライブもボールのスピード自体はそこまで大きく変わらない。スピードが変わらないのであれば、より安定して確実に入る技術を使った方がいいに決まっている。

女子選手の場合は、パワーが劣るため、スマッシュを決め球に使う選手はいる。伊藤選手などはそうだ。ドライブもするのだが、最後はスマッシュで決める。ただし技術的には相当難しいので、そういった高いレベルでやってのけている、ということになる。

このように、スマッシュとドライブは全くの別物だ。だがおそらく、卓球経験のない方がぱっと見ただけではなかなか見分けがつかないだろう。これを機会に、試合で使われるほとんどは「ドライブ」として、テレビなどで試合を観ていただければと思う。

宮﨑義仁(みやざき・よしひと)
世界卓球2019総監督が教えるテレビで世界卓球を10倍楽しむ方法

公益財団法人日本卓球協会常務理事、強化本部長。一般社団法人Tリーグ理事。世界卓球解説者。前・JOCエリートアカデミー総監督。前・男子日本代表(ナショナルチーム)監督。
1959年長崎県生まれ、鎮西学院高校卒・近畿大学卒。現役時代は、世界選手権シングルスベスト8、ダブルスベスト8、団体ベスト4、ワールドカップベスト8、アジア大会シングルス3位など、数多くの大会で活躍。ソウルオリンピック、シングルス・ダブルス日本代表。
引退後は、男子日本代表監督として、2004年アテネオリンピック、2008年北京オリンピック、2012年ロンドンオリンピックで指揮をとる。監督退任後は、強化本部長としての選手育成やTリーグの創設などに尽力する。
テレビ中継のわかりやすい解説が評判で、「リオオリンピック」「世界卓球」「グランドファイナル」などの解説を担当する。