悪いのは千鶴子さんではない、と自分を責めた。さっそく被害者の店を謝罪して回り、被害額をすべて弁済した結果、告訴は取り下げられた。

早期発見・早期介入は
患者にとって早期絶望でもある

 釈放された千鶴子さんは、精神病院で治療を受けることになった。ただし、この病気に治療法はない。家族は、彼女が元気で動き回れる限り、その症状に悩まされ続けることになる。

 現在、前頭側頭型認知症は日本全国に1万人の患者がいると推定されているが、診断が難しいため、適切なケアが受けられないまま、万引きなどの反社会的行為を犯して初めて病気が分かるケースは少なくない。

 発症年齢のピークが40~50代と若いことも発見の遅れにつながっている。家族や近隣とトラブルを起こし、罰せられている人もいるだろう。女性の患者が多いアルツハイマー病と違い、男女比は同じだが、女性の場合は窃盗犯が多いといわれている。

 ちなみに被告が精神疾患だった場合、裁判では「責任能力の有無」が争点になるが、過去に、ピック病の患者が起こした放火・殺人事件では「善悪の判断はできるので責任能力は完全にある」と判断され、無期懲役刑が科された。

 これに対して、精神疾患と犯罪の関係に詳しい精神科医は次のように言っている。

「脳の病気が起こした犯罪を、完全責任能力ありとして裁くのは酷かもしれない。しかし、その判断を医師だけで出すのは難しい。まずは社会全体の議論が必要ではないでしょうか。

 認知症医療はまだ確立されていません。ピック病で重大犯罪を起こした場合、治しようがない以上、被告は発症した時点で、そういう人格になってしまったのだから、事件を起こさないよう一生閉じ込めておくしかないという考え方もある。現在の状況では、病気の早期発見・早期介入は、早期の自由剥奪と同じ。患者さんにとっては早期絶望でもあるのです」