従来の引きこもり支援では
歯が立たない3つの理由

 役所に行かずとも、生活保護の申請などの面倒な手続きができるような制度の整備、親が遺した不動産や資産を活用して、安心して引きこもり生活が送れるようなアドバイス、そして誰とも顔を合わせずにできる在宅ワークの斡旋などなど、「引きこもり生活の支援」である。

 もちろん、社会復帰したいという方には、これまで通りの就労支援をすればいい。が、引きこもりは10人いれば10通りの問題があり、中には社会に出たくないという人もいる。というよりも、そっちが大多数なのだ。そのような人たちを無理に外へ引っ張り出して、「みんなと同じように働け」と迫るより、これまでのライフスタイルを維持しながら、引きこもりの人なりに社会と関わる方が、本人にとっても、社会にとっても幸せなのだ。

「はあ?そんな甘っちょろいやり方では、引きこもりが増えていく一方で何の解決にもならないぞ!」と怒る方もいらっしゃるかもしれないが、現実問題として、初老にさしかかったような人の生き方・考え方をガラリと変えさせるのは非常に難しい。しかも、60万人以上という膨大な数の人々を変えることなど不可能だ。

 だったら、社会が変わるしかない。「引きこもり」は撲滅するようなものではなく、「サラリーマン」とか「専業主婦」とかと同じような位置付けで、この社会の中に当たり前のように存在する生き方として受け入れて、それを継続できる仕組みを国や行政がつくるという方が、よほど現実的なのだ。

 そこに加えて、筆者が従来型の「引きこもり自立支援」をもうやめるべきだと思うのは、以下の3つの理由が大きい。

(1)20年継続して状況が改善していない
(2)引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける
(3)腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる

 まず、(1)に関してはじめに断っておくと、自立支援に尽力されている方たちを批判するような意図はまったくない。そのような方たちの血のにじむような努力によって、引きこもりではなくなったという方もいらっしゃるだろうし、献身的な活動をされている方たちに対しては、尊敬の念しかない。

 が、そのような立派な方たちがどんなに頑張ったところ、61万人以上という圧倒的なスケール感の前には歯がたたない。B29に竹やりで挑むようなものだと言いたいのである。

 引きこもりが社会問題となった1980年代から「自立支援」という対策は続けられている。1990年代後半から2000年代にかけて、「引きこもりに対する理解を深めて、彼らの自立を支援しよう」という、現在にもつながる考え方が社会に広まり始める。支援をする人たちも増えていった。

 そこから20年が経過した結果が、「中高年引きこもり61万人以上」である。もちろん、自立支援をする方たちの血のにじむような努力で、引きこもりから社会復帰したという方もいらっしゃるが、社会的には「状況は改善していない」というのが、動かし難い事実なのだ。