亡き父が残したある名言
亡くなった父は少し変わり者で、時々、妙な名言を言う人だった。今になってきちんとメモしておけばよかったと残念に思うものの、父の名言のなかで、ひときわ筆者の記憶に残っているものがある。
高校生の時、思春期をむかえた筆者は毎朝、鏡の前で一生懸命、髪をツンツンにセットしていた。当時はまだワックスより、ジェルが主流。短めにカットした髪を、これでもかというくらいツンツンにし、少しでもカッコよく見えるよう必死になっていた。
そんな息子を見て、父は思うところがあったのだろう。鏡を前にした筆者の後ろをうろついていた父は筆者に一言、「自分が人に注目されていると思った時は、十中八九、社会の窓が開いている時だ」と訓示したのであった。なるほど、だいたい当たっている。
小学生だった時の下校路は、ちょうど中学生の下校路と重なっていて、お互いすれ違う形になっていた。夏休み前のある日、下校路を歩く筆者を中学生たちが見て、すれ違いざまにほほ笑んでくる。愚鈍な少年であった筆者は、自由観察用に持ち帰っている朝顔の、天高く伸びる力強いツルの美しさに見とれているのだろうと思って得意になっていたが、ある女子中学生が筆者の元に駆け寄ってきて、「社会の窓が開いているよ」と教えてくれた。一瞬で頭の中が白くなった。あの時の恥ずかしさはいまだに覚えている。