日雇い労働者や路上生活者が大勢いる大阪の西成あいりん地区。ここに労働者はもちろん、地域外からも参加者が集う「釜ヶ崎芸術大学」なる“まちの学校”がある。科目は合唱やダンスから、なんと井戸掘りまで。そこには、地域から疎まれ続けている“おじさん”たちが生き生きと活動できる、率直で温かい居場所があった。
あいりん地区で
芸術を学ぶ
大阪市西成区釜ヶ崎。東京の山谷、横浜の寿町と並ぶ、日本有数のドヤ街である。釜ヶ崎は、西成区の北東にある簡易宿泊所街を指す名称だが、地図には載ってない。現在は、あいりん地区と呼ばれている。ちなみに「あいりん」は、昭和41年に行政や報道機関が取り決めた名称である。
この街で、労働者が集まり交わる場になっているのが「釜ヶ崎芸術大学」という一風変わった場所である。通称、釜芸(かまげい)。大学といってもホンモノの大学ではない。労働者のおっちゃんたちと、いろんな芸術を体験することで自分を表現していく街の学校である。
宗教学、感情表現、書道、天文学、音楽、地理、哲学、芸術、書道、篆刻(てんこく)、俳句、即興ダンス、合唱、数学、狂言、詩と、授業は多岐にわたっている。授業料は無料。払える人は、わずかなカンパを残していく。授業は、釜ヶ崎のいくつかの施設を借りて行っており、年齢、居住地、性別などは一切問わない。誰もが参加できる場所だ。
筆者は、合唱の稽古に参加してみた。釜ヶ崎のNPOが運営する労働者やシェルター利用者の居場所の一室が会場になっている。労働者や学生、年配の婦人など、顔ぶれはいろいろ。指導するのは、関西合唱団の指揮者と本格的である。
釜芸で作ったオリジナルソング「釜ヶ崎オ!ペラのテーマ」「ふんが行進曲」などは、おもしろい歌で笑ってしまう。そして、「あの鐘を鳴らすのはあなた」「ケ・セラ・セラ」「防人の歌」を全員で歌っていく。ふぞろいのハーモニーが部屋に響く。大声を出す人、ただ立っている人、楽譜をのぞきこんでいる人。
なるようになる
先のことなどわからない
わからない
「ケ・セラ・セラ」の歌詞が沁みる。
最盛期には200軒以上のドヤがあった釜ヶ崎。ドヤとは、日雇い労働者のための簡易宿泊所のことだが、今は50軒にまで減っている。平均寿命は73歳。全国の市町村でもっとも高齢化が進んでいる。高齢化の進展に伴って、生活保護の受給者も年々増え続けている。かつては、抗争や暴動が頻繁に起こった街だが、いまはその活気もない。代わりに目立つのが、大きなスーツケースを転がす外国人旅行者の姿だ。釜ヶ崎は様変わりしようとしている。