鉄道マナーの原点は
「決戦輸送図絵」!

 74年間も治らなかった「病」が、リモートワークだ、働き方改革だなんて話でそう簡単に治療できるわけがない。では、本格的に治療をするのならどうするか。やはり対症療法ではなく、「病」の原因を探るべきだ。

 年季奉公など近代以前の働き方の影響も否めないが、歴史を振り返ればここまで顕著に「社畜感」が出てきたのは、やはり戦時体制になってからだと個人的には思う。というのも、この時代になると、令和のサラリーマンにも受け継がれる、ある特徴的な思想が色濃く見えてくるからだ。

 それは一言で言うと、「困難は秩序を重んじれば乗り越えられる」というものだ。

 その象徴が、電車のマナーだ。よく日本は世界一乗車マナーがいいとか言われるが、実はこれは日本人の生来の性質とは一切関係なく、戦時体制下につくられた。先ほども述べたように、鉄道輸送がパンクしそうだったのを、国民にマナーを叩き込むことで乗り越えようとしたのだ。

 その証が、1944年に運輸通信省鉄道総局が発行した「決戦輸送図絵」にある。この中には駅のホームできれいに整列した学生や勤め人の写真とともに、「この整然さ!通勤通学自治会の活動」として以下のように説明がある。

「今日の交通難は交通訓練の徹底化によつて相當程度緩和される。現に全国多数の工場、会社、学校間では通勤、通学自治会を結成し、朝夕の混雑時に一糸乱れぬ秩序ある自治的行動をとり、鉄道輸送の絶大な支援者となっている」

 要するに、「車内は他の人の迷惑になるのでお静かに」「降りる人を待ってから順番に乗りましょう」などのマナーは、日本人の清い心が自発的に生み出したものではなく、国家が「輸送強化」という困難を乗り越えるための秩序として、国民を「訓練」して叩き込んだものなのだ。

 そして、この「困難は秩序を重んじれば乗り越えられる」という思想教育は、サラリーマンの出勤にも適用された。

 1944年12月15日の「読売新聞」では2日前に初めて空襲を受けた名古屋でも、被害に遭った工場以外は平常通り操業され、「空襲以来かへつて出勤率が五、六パーセント向上した」と誇らしげに語り、その理由を以下のように分析している。

「これは実際敵がきてみて肝がきまつた覚悟が出来たといふ微妙な心理のあらはれでもあり、全身を包む職場感が彼らを逞しく鍛へてゐるともいへよう。殊に学徒の奮闘はめざましく若き工員とともに“職場の特攻隊”が続々生誕しつつある」