悲惨な鉄道事故を教訓に
進化してきた安全対策

 例えば「国鉄五大事故」のひとつに数えられる、1951年に発生した京浜東北線の車両火災「桜木町事故」では、ドアコックを操作すれば扉を手動で開けられることが知られていなかったため、脱出できなかった乗客が多数死亡した。この事故を教訓に、非常ドアコックの設置と表示が義務化された。

 ところが、1962年に常磐線で列車が多重衝突した「三河島事故」では、非常ドアコックを操作して線路に降りた乗客が、対向列車にはねられて死亡する惨事が起きてしまった。そこで三河島事故を教訓に、事故発生時、速やかに周辺の列車を停止させる防護無線が開発されることになった(防護無線という名前は聞き覚えがなくても、電車が急停車した際に「危険を知らせる信号を受信した」という説明を聞いたことはあるだろう)。

 その他にもソフト面からハード面まで対策は様々だ。例えば、最近も話題になった、台風や大雪時に実施される計画運休や間引き運転。これは元々、救助が到着するまでに時間を要する駅間停車を避けることを目的に始まったものだ。また、駅間停車した列車を、最寄りの駅や避難可能な場所まで低速で移動できるように、車上や変電所に設置した非常用バッテリーから電力を供給する設備の設置も進んでいる。

 それでも完璧な対策は不可能なのが事故やトラブルだ。旅客機が「機内安全ビデオ」で非常時の対応と協力を求めていることからも分かるように、大量輸送を担う公共交通機関においては、非常時の安全確保に乗客の協力は不可欠である。そのためにもワンマン運転の導入にあたっては、経営上の必要性や安全対策の積極的な発信に加えて、利用者の不安や疑問に対して丁寧に向き合うコミュニケーションが必要になるはずだ。