医療面で問題となったのが、高齢者の医療費の自己負担分だ。当時の保険給付の内容は、健康保険も国民健康保険も今のように充実しておらず、例えば会社員に扶養される家族の自己負担割合は5割。高齢になると、病気やケガをして医療を必要とすることが多くなるが、低所得層にとって自己負担分の支払いは重く、医療へのアクセスが阻害される傾向にあったのだ。

 高齢者の健康が問題視されるなか、1960年(昭和35年)に、全国に先駆けて、岩手県の沢内村が高齢者の医療費無料化制度をスタートさせた。同様の無料・軽減措置は、瞬く間に全国の自治体に広がり、1972年(昭和48年)には、ほとんどの都道府県が高齢者の自己負担額に対して公費を使った優遇制度を設けるようになっていた。

 老人福祉の充実を求める社会の機運のなか、国も対応をせざるを得なくなり、昭和48年(1973年)1月にスタートしたのが、高齢者の医療費を無料にする「老人医療費支給制度」だ。国と地方が医療費の自己負担分を助成することで、70歳以上で所得が一定以下の高齢者の医療費を無料にしたのだ。

 老人医療費支給制度の発足で、低所得の高齢者でもお金の心配をしないで医療を受けられるようになったが、その一方で高齢者医療費は爆発的に増加し、保険財政に深刻な影響を与えることになった。

 無料で医療を受けられるようになったことで、頻回受診や待合室のサロン化が問題視されるようにもなった。そのため、老人医療費支給制度は、発足後ほどなくして見直し論が出されるようになり、10年で廃止が決定。代わりに、1983年(昭和58年)から始まったのが「老人保健制度」だ。

保険財政の悪化で2001年から
高齢者も定率1割の自己負担開始

 老人保健制度は、高齢化社会の到来を見据えて、高齢者の健康を守りながら、増加する高齢者医療費の財政構造の見直しにも踏み込んだ内容となった。高齢者の医療費を国民みんなで公平に負担し、高齢者自身にも自分の健康作りに自覚をもってもらうために、この時から70歳以上の人の一部負担金が復活。通院は月額最大400円、入院は1日あたり300円(2ヵ月が限度)を定額負担することになった。

 その後、高齢者の一部負担金は徐々に引き上げられ、2001年1月には、それまでの定額負担から、現役世代と同様の定率負担に見直され、かかった医療費の1割(月額上限あり)を負担することになった。