今回の人材登用の背景には、三井住友FGが近年、「社長製造業」(太田純・三井住友FG社長)と銘打ち、デジタル領域を中心とする新規事業の開発を進めてきたことがある。その一環として、社内起業を推し進め、新たにできたグループ会社のトップに銀行員を充てる人事を行ってきた。

 太田氏自身は、銀行員に「殻を破ろう」というメッセージを伝えている。固定観念にとらわれずに、従来の枠組みを超えた金融サービスを提供しなければ生き残れないという危機感があるためだ。

 社長製造業の成果として、すでに生体認証サービスを提供する会社や、RPA(事務作業の自動化)の導入支援を行う会社などが立ち上がっており、SMBCクラウドサインは8社目となる。

 共同出資先から招聘した例を除けば、銀行員がトップに就いたのは三嶋氏で5例目だ。他の事例では、40代後半から50歳前後の銀行員が社長に選ばれており、三嶋氏の若さは際立っている。

デジタル化進むも
社内起業にメガで温度差

 このように、デジタル領域と銀行員の接点を増やす取り組みは、どのメガバンクも積極的に進めている。だが、他の2メガはそれぞれ異なるアプローチで従来の壁を乗り越えようとしている。

 みずほFGと三菱UFJFGが共に力を入れるのは、銀行員の出向制度の拡充だ。みずほFGは、ベンチャー企業など社外での兼業制度の整備を進めている。三菱UFJFGはすでに、銀行員を週に数日間ベンチャー企業に送り込み、経営支援を担わせる「助業」制度を導入済みだ。

 さらに、みずほFGは今年8月から、新たなビジネスの創出を目的とする「次世代金融推進プロジェクト」という公募制度を始めた。事業として立ち上げることが決まれば、社内起業によって会社化する選択肢があるという。

 ただ、社長製造業にまい進する三井住友FGと他の2メガとでは、社内起業に温度差がある。それはなぜか。理由の一つが、デジタル領域の事業開発をまとめて引き受ける出資会社の存在だ。

 三菱UFJFGはジャパン・デジタル・デザイン、みずほFGはブルーラボというデジタル推進を担う外部組織を持ち、そこを“実験場”として新規事業の可能性を模索している。

 あえて銀行員に社内起業させる必要性を感じていないのが本音といえるだろう。

 また、三井住友FGの社内起業にも課題は残る。くだんの三嶋氏が中途入社で、銀行のカルチャーに染まるように育てられた新卒採用組ではないことだ。

 今回の新会社が設立に至った理由の一つとして、起案者である三嶋氏が数回にわたり、所属先の部長に熱心に提案を持ち掛けたことがあったという。それができたのは、年功序列という銀行の伝統をたたき込まれていないことが大きく作用した点は否定できない。

 新会社設立に際して、三嶋氏は日本のレガシー企業の代表格である銀行が「自らの変革を含めて事業に取り組む」ことが重要だと指摘した。三嶋氏のような型破りの人事を増やしていき、銀行内部の組織を自己変革することの必要性を示唆している。

 保守的な銀行グループ内に若い社長が誕生したことに対して「中途採用者だとしても影響は大きい」(三井住友FG幹部)と歓迎する声は多い。今後、銀行の組織哲学の中で“純粋培養”された若手の銀行員がこうしたポストに就いたときこそ、社長製造業が真に目指す姿が実現するはずだ。