個室料金などは貯蓄から
支払う方が合理的である

 この程度の金額であれば、貯蓄で賄えないというわけではないだろう。ただ、この高額療養費は健康保険が適用される医療行為に対してのものであるから、入院した場合の差額ベッド料や入院中の食事代等には適用されない。いわば民間医療保険とは、こうした公的保険では賄えないものをカバーするために現金が給付されるわけだ。とはいえ、入院した時の個室料金を支給してもらうために何年も、場合によっては何十年も年間数万円~数十万円の保険料を払い続けるというのは、あまり合理的とはいえないだろう。それらの費用もある程度貯蓄があれば、それで十分賄うことが可能だからだ。

 よく入院1日目から保険金が受け取れるという保険もあるが、これもあまり意味はない。保険本来の役割からいえば、短期の入院や治療では保険金が下りなくても、一定の日数以上入院して初めて保険金が下りる方が大切だ。なぜなら非常に長い期間にわたって入院を余儀なくされるといった場合、収入が途絶えることに対する不安が大きいからだ。

 また、その場合でも、サラリーマンであれば病気で休んだ4日目から最長1年6ヵ月の間、傷病手当金という制度で通常の収入のおよそ3分の2が支給される。そうしたもろもろの制度を利用すれば、別に民間保険会社の医療保険に入る必要はない。むしろ払い込む保険料に相当する分をしっかり貯金してさえいれば、あまり心配することはないといっていいだろう。

 実際、我が国で民間医療保険への参入が生命保険会社・損害保険会社によって始まったのは2001年のことである(それ以前は1974年から米アフラックががん保険で参入していたのみであった)。では、それまでは病気になったら一体どうしていたのだろう?言うまでもなく、公的医療保険で治療費が賄われており、入院の際の個室料金や病院に通うタクシー代は自分の貯金から出していたはずである。

 このように合理的に考えると民間の医療保険に入るという必要性はあまりないと考えて良いのだが、相変わらず医療保険に入っている人は多い。筆者は行動経済学で考えると、その理由が割と容易に説明できると考えている。それは「メンタルアカウンティング」といわれる心理だ。メンタルアカウンティングというのは「心の会計」といって、同じお金でも出所が異なることで感じ方が違ってくる心理のことをいう。

 例えば保険で支払われるとありがたいと思うのに、貯金を取り崩すのは何だか自分のお金が減って損をしたような気持ちになるということだ。そもそも貯金は「下ろす」というが、保険金は「下りる」と表現する。何か、どこからかお金が降って湧いたように感じる。しかしながら、保険金というのは自分が長年にわたって払い込んでいた保険料から支払われているにすぎない。