結局、教育方針として「難しい英文を読む能力に特化して生徒を鍛える」というカリキュラムが成立し、その教育を受けてきた私たちの世代は、滅茶苦茶大変な思いをしながら、複雑な構文の文章を読み解く能力ばかりを身に付けてきたのです。

文科省が真に考えるべき
本当に身に付けるべき英語力とは

 そうした背景を考慮に入れた上で、今本当に論ずべきは、今のグローバル社会の中で日本人が身に付けるべき英語力はどちらかということです。

 増える一方の訪日外国人に対して、街中で「おもてなし」をするためには「聞く」「話す」能力は大切です。また、SNSで外国人の友達と「いいね」をしあったり、気の利いたやりとりをするためには「書く」力が大切です。

 それはそれでわかりますが、最近問題になっているのは、むしろ日本人の読解力が落ちているということです。正確に言うと、以前と比較はできないので、落ちているかどうかには疑問もありますが、日本人の読解力が低いことは確かだということです。これはAI研究で知られる新井紀子教授が、「教科書が読めない子どもたち」と問題提起していることでもあります。

 さらに言えば、高等教育で暗記する事柄の多くがAIによって学習される時代がすぐそこに来ています。新井紀子教授によれば、AIは多くの科目で人間の能力に近ずくことができる一方で、国語と英語だけはどうしても点数が伸びないといいます。それはAIには、読解力を学習する能力がないからです。だからこれからの時代、AI失業しないためには、子どもたちの読解力を伸ばすべきだと主張しています。

 もちろん「どちらも大事だ」という主張もわかりますが、「読む」「聞く」「書く」「話す」のすべてに力を入れて教えたとしたら、他の科目を学習する時間をどう捻出するのか、という新たな問題に発展します。

 考えるべきは、これからの英語教育とは、どうあるべきかという話です。文科省では2024年以降、従来の路線にそって「読む」「聞く」「書く」「話す」の4つのスキルを均等に評価する試験へと移行させていきたいといいます。国会が真に議論すべきは、「本当にそれでいいのか?」ということなのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)