スウェーデンのストックホルムで12月10日にノーベル賞の授賞式が行われる。同賞の賞金はアルフレッド・ノーベルの遺産の運用を担う財団が提供している。
各賞の賞金額はリーマンショック等々の影響で2012年に1000万クローナ(約1億1250万円、1クローナ=11.25円換算)から800万クローナに減額された。17年以降は900万クローナになっている。
しかしながら、ストックホルムでは「今年の受賞者は気の毒なことになりそうだねえ」といった会話がされているという。同国の通貨クローナの為替レートが対ドルで17年ぶり、対ユーロで約10年ぶりの低水準へ下落しているからだ。11月中旬のレートで換算すると、ノーベル賞の賞金は2年前に比べ13万ドルも減少してしまう。
最近スウェーデンの主要メディアはクローナを自虐的に「ジャンク通貨」と呼ぶ。為替レート下落の背景には、同国の景気減速観測もあるが、底流には中央銀行(リクスバンク)のマイナス金利政策を含む超金融緩和策の影響がある。
同行は2%のインフレ目標を掲げている。4~5年前は公式の前年比インフレ率が同目標よりも大幅に低かったが、最近は1%台半ばに戻った。だが、目標より低いため、マイナス金利政策は解除しにくい状況にある。
一方で国民は不満を覚えつつある。スウェーデンの物価水準はもともと高い傾向にあった。今年半ばの欧州連合(EU)の統計によると、スウェーデンの物価はEU平均に比べて、食品は18%、アルコール飲料は27%、衣服は26%、レストランおよびホテルは39%も高い。そこに自国通貨安による上昇が加わると、生活コストがさらに上昇する恐れがあるからだ。
クローナ安は同国の輸出製造業を助けるメリットがあると、以前はいわれていた。しかし、スウェーデンが国を挙げて近年注力しているのはIT産業だ。財界は以前に比べて通貨安を喜ばなくなっている。同国の銀行であるスウェードバンクが今年実施した調査によると、同国内の大手400社のうち約半数が、通貨安は自社の収益にネガティブな影響を及ぼしていると回答。通貨安で恩恵を受けていると答えた企業は5分の1しかなかった。
このような状況において、リクスバンクがインフレ目標を達成するために輸入物価上昇を起点とするインフレ率の押し上げを狙おうとすると、国民のいら立ちが高まっていく恐れがあるだろう。
日本でも超金融緩和策への疑念が高まってきているように見受けられる。日本銀行が期待していたのは、超低金利による円安誘導で製造業の収益が好転→それによる労働者の賃金増加が他業種に波及→賃金上昇と物価上昇の好循環が発生→インフレ率が目標の2%に向かう、というストーリーだったといえる。
しかし、多くの企業経営者は将来に不安を感じており、賃上げペースは緩やかだ。家計も将来に不安を抱えているので、少々手取りが増えてもインフレ2%につながるような需要増大は発生しない。そもそも超低金利政策は家計の利息収入を奪っているし、円安による生活コストの上昇は人々をかえって節約指向にしている。
日本のインフレ率はスウェーデンよりも大幅に低いため、日銀の出口政策はリクスバンクよりもはるかに遠いところにある。しかし、日銀のこの政策は来年4月で8年目に入るだけに、その功罪をより議論していくべきだと思われる。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)