アルコールは脳を麻痺させる

 アルコールは体中に広がるが、分解される場所は肝臓である。肝臓に入ってきたエタノールは、まずアルコール脱水素酵素によって、アセトアルデヒドになる(脱水素酵素というのは、水素を取る酵素のこと)。このアセトアルデヒドは刺激臭のある無色の液体で毒性があり、アルコールを飲んで顔が赤くなったり気分が悪くなったりする原因と考えられている。

 さらにアセトアルデヒドは、アセトアルデヒド脱水素酵素によって酢酸に変えられる。

 そして、酢酸は、水と二酸化炭素に分解される(酢酸の分解は、肝臓以外の細胞でも行われる)。そして、水は腎臓から尿として捨てられ、二酸化炭素は肺から捨てられることになる。

 ただし、肝臓の能力には限界がある。肝臓で分解できるエタノールは、だいたい1時間に10グラムぐらいといわれている。500ミリリットルの缶ビールに含まれるエタノールは約20グラムだったので、その半分だ。

 ただし、これは人によっても違うし、同じ人でも日によって違うようだ。ともあれ、その限界を超えて肝臓に入ってきたエタノールは、肝臓をくぐり抜けて再び体の中へと戻っていく。そうすると、酔いが長く続くことになる。

 このエタノールが分解される過程で、エネルギーが産生される。そのため、エタノールを飲むと体が温まる。とはいえ、このエネルギーによって何か栄養素が合成されるわけではないので、エタノールが私たちの栄養になるわけではない。

 このエタノールには、脳の神経細胞を抑制する働きがある。しかも、抑制される脳の部分には順番があるらしい。大脳には、新皮質や旧皮質や古皮質と呼ばれる部分がある。非常に単純化していえば、新皮質は理性的な考えをするところで、旧皮質や古皮質は感情や欲望を司るところといえる。

 軽く酔っているときは、新皮質だけが抑制されている。そのため、新皮質の理性によって抑えられていた旧皮質や古皮質の感情や欲望が開放され、騒いだりするのかもしれない。

 しかし、さらにアルコールを飲み続けると、脳の他部分も麻痺してくる。そのため、真っすぐ歩けなくて千鳥足になったり、ろれつが回らなくなったりする。それでも、さらにアルコールを飲み続けると、脳全体の活動が抑制されてしまう。そうすると、呼吸が止まって死ぬこともある。

 アルコールが神経細胞の働きを抑制することは確かだが、新皮質から順番に抑制されていくかどうかは、実は確実にはわかっていない。ただ、アルコールを飲んだ人を見ると、最初は大きな声を出して騒ぐが、そのうちに運動機能がおかしくなることが多い。

 そして、最終的には死にいたる人もいる。アルコールによって新皮質から順番に働きが抑制されていくと考えると、そういう事実をうまく説明できるのである。

 ここで、気をつけなくてはならないのは、急性アルコール中毒だ。私が若いころには、大学に入ってきた新入生や、職場に入ってきた新入社員に、無理やりアルコールを飲ませるということがよくあった。今ではだいぶ減ったようだが、それでも完全になくなったわけではない。

 急性アルコール中毒とは、血中アルコール濃度が上昇して意識を失うことだ。先ほど述べたように、血中アルコール濃度が0.4パーセントぐらいになると起きることが多い。

 脳は4つに分けられる。大脳と間脳と小脳と脳幹だ。脳幹は脳の1番下にあって、呼吸をコントロールしている呼吸中枢がある。血中アルコール濃度が0.4パーセントから上がって0.5パーセントになると、この脳幹の呼吸中枢が麻痺して、死ぬことがある。

 血中アルコール濃度を0.4パーセントから0.5パーセントに上げるには、(単純計算だと)たったビール2缶で十分だ。つまり、急性アルコール中毒になって意識を失ったら、もうそこは死の目の前なのだ。