アルコールは体中に広がる

 飲んだアルコールは、まず胃に入る。胃では、水は吸収しないけれど、アルコールは吸収する。飲んだアルコールのだいたい30パーセントは胃から、残りの70パーセントは小腸から吸収される。吸収されたアルコールは、胃や小腸の毛細血管に入る。口や大腸からも吸収されるが、それはわずかである。

 アルコールは吸収速度が速い。肉や野菜などの食物は大き過ぎて、そのままでは吸収できない。そこで、いろいろな酵素などで消化する。つまり小さくする。それにはかなりの時間がかかる。しかし、アルコールはそのまま吸収できるので、吸収速度が速いのだ。

 とくに吸収が速いのが小腸で、アルコールが小腸に入れば、すぐに吸収されてしまう。だから、もしも飲んだアルコールがそのまま小腸に入ったら、すぐに小腸で吸収されて、一気に血中アルコール濃度が高くなってしまう。それを防いでくれるのが胃だ。

 食べ物を食べながら飲めば、アルコールは食べ物と一緒に、しばらく胃の中に溜めておかれる。それから食べ物と一緒に、ゆっくりと小腸へ送り出される。その場合は、血中アルコール濃度の上がり方はゆるやかになるし、最高値もあまり高くならない。

 しかし、空腹時には飲んだアルコールは胃をほぼ素通りして、すぐに小腸まで到達する。そのため、血中アルコール濃度が急激に上昇してしまう。宴会に遅れてきてまだ何も食べていない人に、駆けつけ3杯とかいって一気にたくさんのアルコールを飲ませるのは、大変危険な行為である。

 食べながら少しずつ飲めば、血中アルコール濃度はあまり高くならない。でも、その代わり、血中アルコール濃度はなかなか下がらない。一方、空腹のときに一気に飲めば、血中アルコール濃度は一気に高くなるけれど、下がるのも速い。

 そのため、こう考える人がいるかもしれない。たしかに、空腹のときに一気に飲むと、血中アルコール濃度が急激に上がる。それがよくないのは、わかる。でもその分、血中アルコール濃度は早く下がるのだから、一長一短ではないだろうか。そう考えれば、一気飲みをしても、別によいのではないか。

 いや、そうではないのだ。たとえば、あなたがビルの3階にいるとしよう。そして、エレベーターやエスカレーターはないとする。そのとき、もしも1階まで下りようと思ったら、あなたは階段を使って下りるにちがいない。でも考えてみれば、どうしてそんな面倒なことをするのだろう。

 階段を使えば、遠回りだし時間もかかる。それよりもっとよい方法がある。飛び降りればよいのだ。そうすれば近道だし時間もかからない。どうせ階段を使っても、飛び降りても、使われる位置エネルギーは同じなのだ。それに飛び降りたら痛いかもしれないけれど、それは一瞬で終わる。だから一長一短だ。

 でも、きっとあなたは階段を使う。階段を下りるときに体にかかる小さな衝撃なら、私たちの体は壊れない。でも、飛び降りたときに体にかかる大きな衝撃は、私たちの体を壊してしまう。もしかしたら死んでしまうかもしれない。だから遠回りで時間がかかっても、階段を使うのだ。

 食べ物を食べながらアルコールをゆっくり飲むのは、階段を下りるようなものだ。そして、空腹のときに一気に飲むのは、飛び降りるようなものだ。一気飲みをして死んでしまった人もたくさんいるのだから、飛び降りることにたとえるのは、少しも大げさなことではない。

 さて胃や小腸で吸収され、血液中に入ったアルコールは、次に体中に広がっていく。アルコールは細胞膜を通り抜けられるので、細胞の中にも入っていける。体の中には血液以外にもたくさんの水分がある。細胞の中にも外にもたくさんの水分がある。そのすべての水分にアルコールは広がっていく。

 とくに注目すべきことは、アルコールは脳にも入っていくことだ。脳は大切な器官なので、毒性のある物質が入らないようにするしくみがある。それが血液脳関門で、星状膠細胞(せいじょうこうさいぼう)と呼ばれる細胞によって作られている。

 ところがアルコールは、星状膠細胞の細胞膜も通り抜けられる。つまり血液脳関門をくぐり抜けて、脳の中に入っていけるのだ。そのため、アルコールは脳にある神経細胞に作用して、酔いという現象を引き起こすことができるのだ。酔いとは、アルコールによって脳の神経細胞が抑制された状態のことである。