なぜ裸子植物は高くなれるのか
樹木の中を水が高く上がるしくみは、実はいくつかあるのだが、もっとも重要なものは、水の凝集力である。
水分子は、2つの水素原子と1つの酸素原子が結合したものである。その形は、ちょうどミッキーマウスの頭に似ている。耳が水素原子で、顔が酸素原子だ。
そして、水素原子の持っている電子は、酸素原子の方にいくらか引きつけられている。そのため、水分子では、プラスの電気はミッキーマウスの耳の方に少し多く、マイナスの電気は顔の方に少し多く分布することになる。
水分子は、全体としてはプラスとマイナスの電気が相殺して電気を持っていないのだが、プラスとマイナスの電気の分布が片寄っているのである。
そのため、水分子と水分子は、そのプラスの部分とマイナスの部分で引きつけ合う。この、水分子同士がくっつき合う力を、凝集力という。この凝集力は非常に強く、細いパイプに入った水を、理論的には450メートルも持ち上げることができる。
そのため、木の上の葉から水が蒸発すれば、水分子はお互いに離れないように、上から水を引き上げるのだ。
ただし、この凝集力で水を樹木の梢まで引き上げるためには、細い管の中を、水が下から上までつながっていなくてはならない。途中で水の柱が切れてしまったら、上側の水が下側の水を引っ張ることができない。
これは植物にとって困った問題で、実際に水の柱が切れてしまうことがある。その多くは、水が凍ったときだ。水が凍ると、それまで水に溶けていた空気が、氷の結晶の中に入れなくなり、結晶から追い出される。そうすると、氷の中に、空気の泡(気泡)ができてしまう。
この気泡が、氷が解けて水に戻ったときに残り、水柱を分断してしまうのだ。
ここで簡単に、植物の分類について説明しておこう。植物は、コケ植物とシダ植物と種子植物の3つに大きく分けられる。さらに種子植物は、裸子植物と被子植物に分けられる。
進化的にもっとも新しく出現したのは被子植物で、現在もっとも種数が多く、繁栄しているのも被子植物である。
しかし、背の高い植物は、被子植物ではなく裸子植物に多い。先ほど紹介した世界一高いセコイアも、日本一高いスギも裸子植物である。これには理由がある。
水を引き上げるために、多くの被子植物が使っているのは、導管である。導管の細胞は中身が空っぽで、上下に穴が開いている。つまり、1本のパイプになっている。
一方、裸子植物の多くは、仮道管で水を引き上げている。仮道管の細胞も中身は空っぽだが、細い細胞がたくさん集まっていて、それぞれの細胞の横に穴が開いている。そして水は、横に開いた穴を通って、たくさんの細胞の中を曲がりくねりながら進んでいくのである。
導管は太くて真っすぐなので、水をたくさん運べる。しかし、太い管は気泡ができやすい。気泡のできた導管はもう使えない。一方、仮道管は細くて、水は曲がりくねって進んでいくので、運べる水の量は少ない。
その代わり、細胞が細いので気泡ができにくいし、水の通り道がいくつもあるので、気泡がいくつかできても、仮道管は使い続けられる。
つまり、導管に比べて仮道管は性能は劣るけれど、安定性では優れている。非常に背の高い樹木は、生長するのに時間がかかるし、水を運ぶパイプも長くなる。そのため、性能のよい導管よりも、安定性の高い仮道管の方が向いているのだろう。いわゆる巨木といわれるものに裸子植物が多いのは、そのためだと考えられる。
進化は進歩ではない。裸子植物よりも時代的には後で現れた被子植物の方が、優れているわけではない。それぞれに得意な環境もあれば、苦手な環境もあるのである。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』からの抜粋です)