エズラ・ヴォーゲル・ハーバード大学名誉教授の来日を記念し、近著『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』も共に議論してまとめた加藤嘉一さんが、同著に詳しく出てこない直近の香港問題の本質や、これからの日本に向けてのエールについて聞きました。(撮影:疋田千里)

加藤嘉一さん(以下、加藤) 「逃亡犯条例」改正を引き金に、自由を守り、民主化を目指すことを目標とする政府への抗議運動が激化している香港の問題について、ヴォーゲル先生は政治の問題だけでなく、背景にある社会や経済の問題も色濃く影響している、とおっしゃいました。先生は1960年代に初めて香港に渡り、中国の広東省の研究もされてきました。以降の香港をとりまく環境をふまえ、今後どのように解決されていくと思われますか。

エズラ・F・ヴォーゲル(Ezra F. Vogel)
ハーバード大学ヘンリー・フォードII世社会科学名誉教授
1958年にハーバード大学で博士号(社会学)を取得、67年にハーバード大学教授、72年に同大東アジア研究所所長に就任。2000年に教職から引退。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン――アメリカへの教訓』(阪急コミュニケーションズ)を発表し、日本でベストセラーに。前著『現代中国の父 鄧小平』(日本経済新聞出版社)は外交関係書に贈られるライオネル・ゲルバー賞、全米出版社協会PROSE賞特別賞を受賞したほか、エコノミスト誌、フィナンシャル・タイムズ紙などの年間ベストブックに選ばれた。同書中国大陸版は、100万部を超えるベストセラーに。

エズラ・ヴォーゲル先生(以下、ヴォーゲル) 私は先週も香港を訪れましたが、初めて香港を訪問したのが63年~64年、それから80年に半年滞在した以外は長期滞在はないものの、2~3年に一度は訪問してきました。
 60-70年代は毛沢東による大躍進政策の影響で、広東から香港へ渡った若者も沢山いました。当時の香港は建設ラッシュを迎えており、彼らが働くチャンスは開かれていた。70年代後半からは鄧小平による改革開放政策が始まり、標準語(マンダリン)を話す大陸の優秀な人材が香港に多く流入してきました。すると、元から香港に暮らしていた人たちが、いい大学やいい企業に入るのが難しくなってきた。住宅の面でも、北京(共産党)と結託した富裕層は優遇された一方、元から香港に暮らす一般の層は恵まれませんでした。
 そこに反発した若者たちが2014年に香港政府に抗議した雨傘運動を起こしましたが、香港政府はその指導者たちと対話しませんでした。参加した学生たちの多くは平和的解決を望んだけれども、香港政府は相手にしなかったので、香港の若者たちは怒ってしまった。その状況は改善されないまま、今回の騒動までつながっていると思います。
 加藤さんは香港に住んでいて、どう見ていますか。

加藤 ヴォーゲル先生が香港や中国を50年以上分析されてきたのに対し、私の研究の時間軸は短いですが、自身の見方を申し上げれば……やはり中国から優秀な学生たちがやってきて大学、職場、雇用環境、住宅で経済的果実を得て、もともと香港で暮らしていた若い人を中心に生活環境が圧迫され、発展の機会は失われ、そういうなかで中国に対する反発を強めたのだろうと思います。同時に、習近平時代に入って香港への介入・干渉が強まってくるなかで彼らの不満が爆発した、というのが基本的な理解です。
 現状で、外圧としてアメリカや日本が中国政府に平和的解決に向かうよう働きかけても、反発されるだけですよね。先ごろアメリカのトランプ大統領が署名した、香港の民主化を求める活動を支持する香港人権・民主主義法案などの外圧も、ますます中国を高圧的にするだけで効き目がありません。
 最終的に解決できるのは政治家だけだと思いますが、キャリー・ラム(林鄭月娥)香港特別行政区行政長官はそもそも官僚であり、その考え方や動き方も含めて極めて官僚的ですから、直接民衆と向き合おうとしません。若者たちは政府から取り残された、相手にされていないという不満も抱いている。政治家しか解決できないのに、香港には真の政治家がいない。それが香港基本法によって許されていない。制度的、構造的要因も問題を複雑にしていると見ています。12月、マカオ返還20周年に際して、同地を訪問すると言われる習近平が、なんらかの形で香港の若者たちと向き合うような大胆なアプローチを取ることを期待していますが、まあ取らないでしょうね。

ヴォーゲル 今の加藤さんの話について、意見が二つあります。一つは、アメリカ人の役割です。いま中国側では香港で抗議活動が起こった背景に、アメリカの陰謀だとか反中国の動きがある、ともまことしやかに言われていますが、これは香港の人たち自身の問題だと私は思っています。アメリカ人は人権を大事にしますから、新疆ウイグル地区と香港への抑圧には同情しますが、国内政治の問題ですから、アメリカの議会は何も対処できません。
 もう一つ、香港政府のトップには、現地の人たちと積極的に対話のできる人材が理想的です。雨傘運動でとらえられた指導者たちも解放すれば、完全な解決は難しいとしても、今の最悪の状況よりは少しよくなると思います。

加藤嘉一(かとう・よしかず)
香港大学アジアグローバル研究所兼任准教授
静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学ケネディースクール(公共政策大学院)フェロー、同大アジアセンターフェロー、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員などを経て、18年9月より現職。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。著書に『われ日本海の橋とならん』『中国民主化研究』(いずれもダイヤモンド社)など。中国語著書も多数。

加藤 香港社会や国際社会を含め、キャリー・ラム行政長官は近いうちにやめるだろうという推測とやめるべきだという主張が共存していると思いますが、先生はどのようにお考えでしょうか。

ヴォーゲル 私から直接アドバイスできるわけではないけれども、香港の将来のために現状をよくするには辞めることも一つの策だと思います。初代行政長官のドンチェンファ(董建華)は私も知り合いで長年アメリカでも仕事をしたことのある気持ちのいい男ですが、現地で反感が高まってきたなか彼も任期満了前に辞めたのはよかったと思います。現在のキャリー・ラムも、彼と同じような状況だと思います。

加藤 最近、香港の高級官僚の人事に対する北京(共産党)の影響力も高まってきています。四中全会(中国共産党第19期中央委員会第4回全体会議)の最終報告にも、香港への支配力を制度的に強めていくことが明記されています。習近平が、みずから任命したキャリー・ラムの辞任を認めるかどうか。メンツの問題もあると思います。

ヴォーゲル 北京は、あらゆる方法を駆使するので、なんとでもなるかと思いますが……健康問題のせいにするとかね(笑)。
 広東省は自由経済をどこから学んだかといえば、アメリカや日本もあるけれども、どこよりも香港から学んで、中国大陸のなかで一歩先を行っていました。広東省の道路や橋なども、香港に倣って建設されました。さまざまなノウハウは香港から上海や広東へ広がって、80-90年代、中国が発展するうえで香港はものすごく大きな貢献をしてきました。ただ、一番大事な時代は終わったと思います。今や深センに抜かれたともいわれますが、海外から投資される拠点としてはまだ香港も重要です。

香港は上海や深センに取って代わられるか?

加藤 最近、上海と深センなど大陸の大都市が香港に取って代わる、と言われる一方で、今も中国と海外との間の投資の6割は香港を経由しているという事実があります。香港の優位性や独自性は依然として明白です。これから5~10年間も、香港は「自由な港」として中華人民共和国のなかで重要であり続けるのか、あるいは中国本土の大都市が香港に取って代わるでしょうか。

ヴォーゲル 上海と深センは株式市場や経済の規模でいえば、香港を超えるでしょう。それでも、海外からの投資を受ける拠点として香港も重要であり続けると思います。香港、マカオ、広東省の珠海を結ぶ港珠澳大橋もできたおかげで、あの一帯はますます密接な関係になる。このエリアだけで韓国と同等の経済規模があります。日本で言えば首都圏のようなイメージでしょう。深センと香港は15分の距離ですから。

加藤 最近参加した広東省のシンポジウムで聞いたのですが、あのグレーターベイエリア構想(大湾区構想)は、東京湾やサンフランシスコ湾からすごく学んでいるようですね。一方で、同エリアに数えられる香港、マカオ、珠海、深セン、広州などは制度的に異なり、社会主義の都市と資本主義の都市が混じっています。これは東京やサンフランシスコになかったことですが、ともに成長を目指すうえで難しさはないでしょうか。

米中経済のディカップリングはあり得ない、というヴォーゲル教授

ヴォーゲル 政治家よりも企業は柔軟かつスピードがあるので、政治の問題があっても大丈夫でしょう。そもそも(米中経済の)ディカップリング(切り離し)は無理な話だ。政治の課題があったとしても、経済は大きく成長するでしょう。中国には、北京(共産党)にいい顔をしながら、あらゆる方法を使って海外で自由に活動する、優秀な経営者もいると思います。

加藤 香港問題について最後の質問ですが、1984年の末に鄧小平とマーガレット・サッチャー英首相が発表した中英連合声明で「共産党政府は一国二制度のもと50年間(1997~2047年)は社会主義政策を敷かない」と政治的決断をして、2047年がおとずれてもその時の状況で考える、としていました。あと28年の間に、香港は政治的にも中国の社会主義に飲み込まれるのか、一国二制度はこのまま維持されるのか、先生はどうご覧になりますか。

ヴォーゲル 鄧小平の考え方は、当時としては正しかったと思います。制度が異なるので早期に統一するのは難しかったし、香港に集まる資本は大陸にとっても必要でしたから、いい関係を維持するうえで一国二制度はよかった。世の中は変化しますから、半世紀後のことはなかなかわからないものですし、直近10年は問題が顕在化していますが、20年以上うまくいっただけでも評価すべきでしょう。台湾も香港を横目に見て、微妙な心持でしょう。10年前は「中国の台湾人」とみな言っていましたが、昨今は「台湾人」と答える人が多い。香港もそうですよね。

加藤 香港・台湾問題を含めて、先生から習近平にアドバイスするとすれば?

ヴォーゲル 急激な政策を打っても、今すぐには機能しないでしょう。香港について話したように、現地の人たちと対話ができる新たな指導者をたてたり、住宅など経済的な支援をすることは大切です。それでも今の状態からすると、香港について完全に平和的な解決ができるとは言い切れませんが、情勢の改善にはつながると思います。日本の安保闘争の時代にも私は日本にいましたが、企業の人が言っていたことを思い出します。指導的な学生は別としても、学生運動に加わったようなエネルギッシュな人材は採用したい、と。香港でも、企業が同じように若者のことを考えてくれたらいいなと思いますね。理想をもってエネルギーあふれる学生には、よいポストを与えてほしいです。

日本人や日本企業の課題とは?

加藤 今年で40周年を迎える先生のベストセラー『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のことを日本人はみな知っていますし、日本が発展していくうえで起爆剤になった本だと私も思います。私が聞き手となって先生の話を伺ってまとめた近著『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』の中で平成の時代を総括して、経済的には停滞したけれども平和的な時代だった、とおっしゃいましたが、そのころ発足した安倍政権が2887日と歴代最長政権になったことをどのように捉えておられますか。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は、日本が発展していくうえで起爆剤になった本という加藤氏

ヴォーゲル 安倍政権以前の約10年間、毎年のように新たな政権が生まれてきましたね。日清戦争から2010年までを考えると、日中両国において日本が経済的に上位にあったけれども、今は逆転して中国が上に立っています。安倍首相はそうなってからの総理ですよね。トランプ大統領もうまくおだてて安定的に実務交渉ができているし、中国との関係とも鳩山総理時代よりは少し落ち着きました。愛国主義の自信をもって堂々と「国の代表として、あなたの国と接する」という態度が奏功していて、完全とは言わないがかなりうまくやれているのではないかと思います。

加藤 来年2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。前回1964年の東京オリンピック(第18回夏季オリンピック)当時も先生は東京にいらして、高度成長を迎えつつあった当時の空気を直接感じておられたと思います。経済が低成長に転じて迎える今回のオリンピック後、日本はどういう国家運営をめざすべきでしょうか。

ヴォーゲル 私は少し日本の内弁慶さを心配しています。特に、中国の科学技術の発達は非常に速いですね。今注目されている電気自動車や、その自動運転の技術などはもちろんですが、日本はもっとハイテクに力を入れたほうがいいと思います。昔と比べて企業の元気がない。50年代にはオーナー系の元気な企業がいくつもありましたが、今はあまり聞かれません。韓国のサムスンもハングリー精神が旺盛で世界を席巻しましたが、日本企業ももっと積極的に海外に打って出るハングリー精神を持たなければなりません。
 そして企業に限らず、日本の人々も全世界に目を向けて勉強しなければいけません。アメリカで学ぶ日本人留学生は減り続けていて、現在ではベトナムからの留学生より少ないです。必ずしもアメリカでなくてもよいのですが、外で姿勢をもたなければ海外に出遅れてしまいます。日本人が今の安定的な生活に満足しているならなおさら、それを維持するためにも、海外と競争し大きな産業を育てていかなければなりません。人口減少以上に、大きな問題だと思っています。