「特別展 ミイラ」の会場風景 写真:国立科学博物館(以下同)

古代エジプトで4000年間にわたり、作られ続けたミイラ。ミイラには、作成から現在に至るまで、さまざまな職業人が関わってきた。ミイラは常に人々の興味をかき立てる存在であり、だからこそ、ミイラで生計を立てる人々が常に存在してきたのだ。(国立科学博物館 人類研究部人類史研究グループ研究主幹 坂上和弘)

ヘロドトスが記した
ミイラ製造の8行程

ラムセス2世のミイラ

 この稿では、「ミイラに関係する職業とはなにか」、つまり、ミイラで生計を立てていたのはどんな人たちなのか、を歴史的にたどってみようと思う。「ミイラ」は「何らかの理由で生前の姿を残した人間の遺体」と定義し、さらに古代エジプトで出土したミイラに関してのみ記述している。

 古代エジプト文明でミイラが人工的に作り始められたのは、約5000年前ごろである。その後、ミイラ作りは約4000年間続けられ、その間、作り方にはさまざまな変遷があった。

「歴史の父」と言われたギリシャ人のヘロドトスは、古代エジプトにはミイラ作りの職人がいたことを書き残している。人が亡くなると、遺体は「ミイラ職人」のところに運び込まれる。職人たちは、遺族の前でミイラ作りのプレゼンテーションを行った。

スフィンクス

 それは、実物に似せた木製のミイラの見本を3つ提示することから始まる。まず、「オシリス神」に似せた、最も精巧な細工が施されたミイラ模型を示し、次にやや細工が雑な模型を示し、最後に最も雑に作られた模型を示す。これらの模型でミイラ作りを解説しながら、どの模型のようなミイラにするか、遺族の希望を問うのである。

 もちろん、それぞれのタイプによってミイラ作りの値段は異なっていた。残念なことに、値段の差がどの程度であったのかは記録がない。値段の折り合いが付けば、ミイラ作りが始まる。最も高価なコースでは、次のような過程で作られる、とヘロドトスは記している。

(1)遺体を洗浄する。
(2)鼻の穴から細長い棒を差し込み、脳をかき出す。
(3)左脇腹を切開して、胃、腸、肺、肝臓などの内臓を取り出す。
(4)腹部にミルラ(没薬)などが詰められ、ミイラの外見が整えられる。
(5)全身をナトロン(天然の炭酸ナトリウム)で覆い、一定期間放置する。
(6)遺体を洗浄し、化粧や整髪が行われ、アクセサリーなどの装飾品などが装着される。
(7)アミュレット(護符)などを挟み込みながら、樹脂を浸したリネンの包帯を何層にも巻きつける。
(8)完成したミイラを人型棺に納めて遺族に返す。

 以上のプロセスは2カ月ほどをかけて行われる。ミイラ職人は専門性の高い職業ではあるが、古代エジプトでは人体を傷つける仕事は「不浄」と考えられていたようで、社会的地位は低かった、と考えられている。