問題ある上司の部下が
不適切事例を引き起こす

 国内外企業の人事部長を務めている時代には、社員の不適切事例に直面せざるを得ない場面が幾度となくあった。書類の紛失、会社資産の私的利用、不適切な経費支出などをしてしまった社員には、業界や会社や職位が異なっていても、明らかな共通項が2つあった。

 1つは、不適切事例を起こす社員は、モチベーションレベルが低いということだ。モチベーションレベルが低い理由はさまざまだ。上司と合わない、仕事が気に入らない、会社の考え方に納得できない…などだが、モチベーションレベルが下がることで、会社や他のメンバー、取引先に被害や不利益を与えることに対する感覚が著しく鈍る。

 こんな会社の書類は大事に扱う必要はない、私利私欲のために仕事を利用してしまおう、会社の経費を流用してしまおうと、言動に歯止めがかからなくなってしまうのだ。

 不適切事例を起こす社員のもう1つの共通項は、上司や、直接の上司でなくても、いわば上司層の人が、程度の大小はあっても、同様の行動を行っているということが多いということだ。

 銀座で1000万円もの経費を使って接待をした、自分の知り合いの会社を取引先にした、縁故入社を推薦した――これらの不正行為に手を染めた人物の部下は、自分が経費を私的流用しても、似たようなことを上司がやっているのだからおとがめがないに違いない、発覚しても上司から叱責されることはないだろうと考えてしまう。

 上司が行っていることは、法律違反や就業規則違反ではないかもしれない。しかし、間違いなく「李下に冠を正さず」にはあたらない。それが、部下に対するけん制機能を働かせなくさせてしまう。ひいては、統治機能が発揮できなくなってしまうのだ。

 何百人、何千人という部下の全てを変えることは一朝一夕にはいかない。それよりも、上司1人が、「李下に冠を正さず」という考え方にのっとって行動することの方がたやすい。それができない上司であれば配置転換すればよい。

 時の首相が「李下に冠を正さず」という教えを体現できているか否かは、行政全体の統治を左右するような、極めて重要な問題だ。