他にも、「何も問題はありません」といって担当をした生後十二カ月の女児に対する麻酔投下後、パルスオキシメーター(動脈血酸素飽和度と脈拍数を測定するための装置)の異変に気が付き、X線の検査を行ったところガンであることが発覚したエピソードが語られる第九章など、麻酔科医がどれほど細やかに気を配らなければならないのか、一歩間違えたら大惨事を招きかねない綱渡りを歩き続ける麻酔科医の緊張感が、こうした事例からはよく伝わってくる。

『一般的かきわめてまれかにかかわらず、麻酔には潜在的なリスクがある。麻酔専門医は最善の結果を得るために幅広い知識を維持し、広範な情報に注意を払う必要がある。』

おわりに

 下記は「はじめに」の末尾にあたる文章だけれども、全体を通して科学的でありながら、同時に端正で美しい文章も本書の魅力だ。本稿ではまったく紹介していないが、麻酔の歴史、麻酔がもたらすリスクについてなど、基礎的な部分の情報もきちんとまとまっている。全部で二〇〇ページちょっとで、サクッと読めるので、ぜひ年末年始にでも楽しんでいただきたい。

“麻酔薬を投与するとき、私はいつも患者に「一〇〇からカウントダウンしてください」と言う。この方法は、昔から続く麻酔科の伝統である。半世紀前に即効性のあるバルビツール酸系麻酔薬が開発され、秒単位で意識を消失させることが可能になると、麻酔科医は麻酔の効果が現れるスピードを知りたくて、患者に一〇〇から順にカウントダウンさせるようになった。一〇〇……九九……九八……
カウントする声が止まる。
私の経験では、九〇より先まで数える患者は一人もいない。”

 瀉血や水銀製剤、食人など様々な「歴史上の最悪の医療」について紹介された一冊である『世にも危険な医療の世界史』もあわせて読むと、麻酔があることのありがたさが増すだろう。

(HONZ 冬木糸一)